ノア日本武道館PART2

 ノア旗揚げ旗揚げ7年目にして初のヘビー級シングル・リーグ戦となった『GHCヘビー級選手権次期挑戦者決定リーグ戦』は丸藤正道の優勝で終わった。私にとっては、この結果よりもリーグ戦の流れの上だとはいえ、98年にデビューした丸藤と森嶋猛のシングルマッチが日本武道館のメインになったということの方が大きかった。時代は確実に動いているのだ。
 勝った丸藤に拍手を贈るのはもちろんだが、私が嬉しいのは森嶋の成長である。190センチ、145キロ(多分、今は160キロぐらい?)の体は文句なく魅力的だったのだが、それだけに森嶋には歯痒い部分が多かった。気が小さい、いい時と悪い時の差が大きい、一時期は「何で俺を認めてくれないんだ!」と逆ギレ気味の時期もあった。その天性の恵まれた体と現実にギャップがあり過ぎたのである。
 そんな森嶋の浮上のきっかけは昨年3月5日の三沢戦。三沢は森嶋のすべてを真正面から受け止めた。結果、森嶋は日本人レスラーにないパワーを思う存分、発揮できた。
 そこから先は森嶋本人の努力。ヨーロッパ遠征を終えて帰国した森嶋は大きく変わっていた。それまでは思い詰めたような表情で試合をしていたのが、いい意味で楽しく伸び伸びと試合ができるようになったのだ。秋頃だったか、話を聞いてみたら、
「切羽詰ってやっていた自分は違うなと思ったんですよ。ヨーロッパに行ってみたら、ヘビーもジュニアも関係なく、いい試合をやる人間、ファンが支持する人間が上を取っている。誰が強いか決めるのは、お客さんなんだなって思いました。そう思ったら、自分を素直に出して、それをお客さんに評価してもらえばいいんじゃないかって。自分が楽しまなければ、お客さんも楽しめないだろうって」
という言葉が返ってきた。森嶋は明らかに一皮剥けていた。
 今年の1月、三沢のGHCに挑戦した森嶋は、日本武道館で初のシングルによるメインのプレッシャーに潰され、またまた逆戻りかと心配したが、その直後にROH世界王者になって、さらに進化した。どんなに小さい選手が相手でも、ちゃんと相手の持ち味を引き出して試合を成立させ、その上で勝つという術を会得したのだ。
 今回の過酷なリーグ戦の最中にアメリカに飛んでROHの防衛戦をやり、すぐに帰国してリーグ戦に戻った。その合間には健介オフィス興行に出向いて中嶋勝彦の挑戦も退けている。今や日米を股にかける立派なチャンピオンである。
 98年、高校を卒業して全日本に入門した森嶋は、体が大きいだけに練習に付いていけなかった。遅れて入門した丸藤は何でもこなせる天才だった。デビューこそ森嶋の方が5ヵ月早かったものの、デビュー後も明らかに丸藤の方が将来性を感じさせた。そういえば、何年か前、丸藤はこう言っていた。
「ノアの未来はすぐそこですよ。その時、隣か反対側のコーナーに森嶋さんが立ってなきゃ困るんです」
 今、その未来が現実になりつつある。あとは9・29大阪で丸藤が未来を今現在に引き寄せられるかだ。
 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です