究極龍のサスケへのメッセージ

 昨日は後楽園ホールで『第4回ふく面ワールド・リーグ戦』が開幕。それにしても凄い熱気だった。前売りチケットは完売。当日券は立ち見席だけとなり、みちのく始まって以来の後楽園ホール札止め! 何より大会を楽しもうというファンのハッピーなオーラが充満していて心地好い空間ができあがっていた。「お楽しみはこれからだー!」というハヤブサの開会宣言にはジーンとくるものがあった。
 トーナメント1回戦ということでオープニングの6人タッグ後はシングル8試合が組まれたが、ダレることなく各試合が楽しめた。やはりマスクマンが揃うと非日常の華やかさがあっていい。中でもサムライVS獣神メカマミー、タイガーマスクVS菊タロー、ライガーVSビリーケン・キッドが好試合。いずれも新日本絡みの試合であり、それを考えると新日本のジュニア戦士の底の深さがわかる。
 そして注目のメインはグレート・サスケVSウルティモ・ドラゴンの師弟対決。90年3月、ユニバーサル・レスリング連盟が旗揚げした時、若きエース浅井嘉浩の付き人になったのが素顔のサスケだった。その後、91年10月に浅井はウルティモ・ドラゴンとしてユニバからSWSに移籍したが、その際に浅井はトレードマークだった忍者コスチュームをサスケに託している。
 これは大一番だ。この先、この2人が一騎打ちをやるというシチュエーションは想像しにくい。次の『ふく面ワールド・リーグ戦』の開催が2011年ということを考えると、これが最後の一騎打ちになる可能性が強い。
 5ヵ月ぶりの試合だというのにサスケはブランクを感じさせずに飛びまくった。一方のドラゴンもラ・ケブラーダなど、惜しみなく技を繰り出した。最後はアサイDDT3連発! ドラゴンに凱歌が上がった。
「サスケ、政界よりも、このリングの方がいいだろ? だけどな、お前が政治の世界に入って休んでいた間、このプロレス界、そんなに甘くねぇぞ。お前なら、プロレスの世界でもまた一からやり直せる。みちのくプロレスは、お前がいなきゃ駄目だ!」
 とサスケに呼びかけたドラゴン。ドラゴンは左肘手術の失敗で31歳~35歳というプロレスラーとしての全盛期を棒に振っている。それでもカムバックを果たした。だからこそサスケに「もう一度!」と呼びかけたのだ。そういえば、この日のドラゴンのコスチュームは96年8月5日の両国でジュニア8冠(IWGPジュニア、WWF世界ライト、NWA世界ジュニア、NWA世界ウェルター、UWF世界ジュニア・ライト、WWA世界ジュニア・ライト、WARインター・ジュニア、英連邦ジュニア)統一をかけた試合でサスケに敗れた時と同じ赤、緑、白のメキシコ国旗をあしらったものだった。これは「俺に勝ってジュニア8冠王者になった時を思い出せ!」というドラゴンのメッセージだったのではないか。
「死ぬまでやらせて下さい! これまでの私の人生、リングの中でも外でも敗北と後悔の繰り返しでしたが、しかし絶対に諦めません。なぜなら、皆さんがひとりでもいる限り、みちのくプロレスは永遠に不滅だー!」
 と、返答したサスケ。サスケは今回の結果を踏まえてマスクマンとしては一区切りをつけたいという。かつての師ドラゴンに新たなパワーを注入されたサスケの第2章に注目したい。

現場主義

 私が週刊ゴングの仕事として最後に取材した大会は3月11日の後楽園ホールにおけるSUWA興行だった。週刊ゴングが休刊になっても、フリーとして活動を続ける私のスタンスは変わらない。むしろ自由に行く大会をチョイスできるようになったことで、あれから半年近く、とにかく近郊の会場には出来る限り顔を出して取材している。
 私に固定の媒体はない。このダイアリーで書くぐらいだ。それでも各団体の関係者は私を“フリーライター”として快く受け入れてくれた。まだ顔を出していない団体も少なくないのが現状で「ウチにも来てくださいよ!」と言ってくれる関係者がいるのも嬉しい限り。調べてみたら、今日の後楽園ホールのみちのくプロレスでゴング休刊以降、80大会目の取材になる。
 なぜ現場にこだわるのか? それは現場に行かなければ何も始まらないからだ。やっぱり自分の目で見て、会場の空気を感じてこそ記事も書けるし、喋ることもできる。ましてやフリーの身だけに、仕事のオファーがあった時に「その団体は見ていないので…」では話にならない。これはフリーのレスラーと同じ。いつオファーがきてもいいようにコンディションを作り、臨戦態勢でいなければならないのと同じである。
 その意味では私は天龍源一郎を尊敬する。今は月に2回のハッスルという感じになっているが、ジムに通い、夕方には走り込みをし…と、ハタから見れば「そこまでしなくてもいいだろうに…」と思うくらい、トレーニングに打ち込んでいる。そこまでやっているからこそ、ハッスルに関して批判されてもビクともしないのだろう。今から7年も前に股割りをしている天龍の写真を見て秋山準が驚いたことがあったが、天龍の自分の体に対する気遣いと、仕事と向き合う姿勢には感心させられる。モチベーションを保ち続けるのは大変だと思うし、根気のいることなのだ。あの姿勢は見習わなければならない。
 私自身、たまに「今日は会場に行くのはかったるいなあ…」と思う時があるが、それでも行くと、それなりの発見があって「やっぱり来てよかった」と思う。今は『月刊Gスピリッツ』の立ち上げでバタバタしているが、今の現場主義のスタンスは崩さないつもり。もちろん会場に入る場合の私の肩書きは今まで通りに“フリーライター”だ。ネットや書物での情報収集も活動の一環だが、現場に勝るものはない。

『月刊Gスピリッツ』のチラシです!その2

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 昨日、チラシの裏面を紹介したが、携帯サイトに出ている表面も一応紹介しておきます。9月5日(水)発売まであと1週間…私の原稿はすでに終了しているが、編集サイドは詰めの段階に入っている。編集サイドも書き手サイドもひとつになって心を込めてお届けする一冊。ぜひ、手にとってジックリと読んでいただきたいと思う。

『月刊Gスピリッツ』のチラシです!

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 8月26日の全日本両国で『月刊Gスピリッツ』のチラシが配られたので、ここで紹介しよう。ここに掲載しているのは裏面部分。表面はhttp://bemss.jp/g-spirits/(モバイルGスピリッツ公式携帯サイト)に出ているマスカラスをイメージしたデザイン。ちなみに表紙はマスカラスではありません。
 現時点で公表できるのは、このチラシにあるように84~87年に『フレッシュジャンプ』に連載されて大人気を博した『プロレス・スターウォーズ』(みのもけんじ画)が『プロレス・スターウォーズG』として復活すること。その第1弾は武藤敬司と全日本プロレスの協力によるグレート・ムタ編だ!
 そして長州力の人生相談。担当した者に聞いたら「ナニが聞きたいんだ、コラッ!」というノリではなく、質問に凄く真面目に答えてくれたとのこと。長州の素顔が垣間見れそうな企画なのだ。
 その他の内容は発売日まで8日あるので書くことはできないが、多分、皆さんが想像しているものとはかなり違う本になると思う。私も週刊誌時代とは違う取材をし、記事を書いているので、ぜひ、読んでみてください。
 DVD付きで辰巳出版から9月5日(水)創刊。定価は1050円(税込)。以後、毎月第1水曜日発売になります。よろしく!

原始的な戦い

 鈴木みのると佐々木健介は、この数年、本当にプロレスに打ち込んできたと思う。みのるは03年6月に新日本に上がってプロレスに戻ってきた時から今日まで、どっぷりとプロレスの世界に浸かった。「プロレスはプロレス!」と食わず嫌いにならずに、自分が面白いと思えばどんなリングにも上がってインディー系のイロモノと言われるレスラーや女子レスラー、果ては小学生までも相手にして、自分のカラーを出しつつ、幅を広げてきた。
 一方の健介も03年12月にフリーになってからは、黒タイツに黒シューズのコテコテのストロング・スタイルをやめて、最初はヒール的に匂いで新日本に殴り込みをかけ、以後はお笑い系のフロリダ・ブラザーズのケンスキー・ササキになったり、様々な団体に上がって幅を広げている。
 19年前、新日本の前座戦線で鎬を削った両者が昨日、全日本の両国のメインで三冠王座を賭けて激突。様々な要素を身に付けた2人が見せたのは、すべてを削ぎ落とした原始的なプロレスだった。前半15分は健介のヘッドロック。その後の10分近くはみのるの腕攻め。シンプルでもお客を惹きつける本物の戦いがそこにはあった。いろいろなものを身に付けた分だけ、シンプルな攻防がより新鮮にも感じられた。最終的に2人が行き着いたのは原始的な戦いだったのだ。
 42分7秒という時間で、2人はこの19年間をお互いに語りつくせたのではないか。勝ったの健介だが、それぞれに歩んだ19年に優劣はない。これは一区切り…2人のドラマはエンドレスだ。
P.S. 昨日のテレビ解説ではスペシャル・サポーターとして徳光正行さんが登場した。徳光さんは昔、三沢たちの溜り場だった東京・御徒町のスナックの常連で、全日本の後楽園ホールには必ず顔を出すプロレス・ファンだった。そんな徳光さんと十何年ぶりに一緒に仕事をする形で再会できたのは感慨深かった。「やっとプロレスの仕事が出来るようになりましたよ!」と徳光さん。これからも機会があれば…。

ノアのリーグ戦が熱い!

 GHCヘビー級選手権次期挑戦者決定リーグ戦が主軸になっているノアの今ツアーは大盛況。19日に後楽園ホール、9月9日には日本武道館があるというのに昨日のディファ有明も超満員1800人の観客を集めた。
 昨日の公式戦は3試合。まず本田多聞が杉浦貴をスタンディング式のフロント・ネックロックで締め落とした。勝った多聞のコメントは以下の通り。
「杉浦は強いです。今日は数ミリしかない氷の上を歩いていた思いでした。私は今回のリーグ戦に向けて気持ちが絞りきれていない中、初戦で当たった潮﨑からプロレスへのひたむきさ、バーニングの精神を教えられた気がします。そして今日は杉浦から勝負への集中力、気迫を教えられました。今回、エントリーされていない選手もいますし、年齢的に考えても私にとって大きなチャンスだと思います。となれば、集中して目の前の敵に全力でぶつかるしかない。それがリーグ戦に参加している者の使命だと思います。そうしたことを私は後輩から教わりました。残り2つの公式戦は自分のリズム全開で戦っていこうと思います」。
 ベテランの多聞にしても、今回のリーグ戦で学ぶことが多いのである。
 続くモハメドヨネVS齋藤彰俊も殺伐とした試合に。最後はヨネが無我夢中でハイキックを連発して彰俊をKOした。ヨネは早くも1勝3敗でリーグ戦終了。自力での優勝戦進出は消えたが、それでも、
「暑い夏をアッという間に駆け抜けたような感じがします。俺にとっては単なる挑戦者決定戦じゃなく、それ以上の気持ちがありましたよ。そういう試合をやっていたというのは今後の自信になると思います。ノアに来て5年ですけど、まだシングルで当たったことがない選手もいるし、これからもこういう戦いをやっていきたいです!」
 と、気持ちは前向きだ。
 そしてメインは秋山VS潮﨑。1月の武道館の再戦である。武道館では一方的に勝利した秋山が「小橋建太を真似るなら、その歩んできた道も真似しなきゃ駄目だ!」と厳しい言葉を残したが、この日の潮﨑は堂々の勝負。秋山の厳しい攻めに食らいつき、膝を顔面にぶち当てられようが、急角度のエクスプロイダーで叩きつけられようが、スリーパーやフロント・ネックロックで締め落としにかかられようが決して心も体も折れない。逆にジャーマン、ムーンサルト、ゴー・フラッシャーで「あわや!」という場面を作って秋山を追い込んだ。最後は秋山が急角度のリストクラッチ式エクスプロイダーで強引にフォールしたという感じ。あの秋山が試合後、力尽きて大の字になった潮﨑の胸を「よくやった!」と言わんばかりにポンポンと2回叩いて花道を下がったのが印象的だった。
 潮﨑はこれで3連敗。杉浦戦が残っているものの、優勝の望みはない。だが、今回のリーグ戦での潮﨑はいずれも好ファイトをやってのけた。19日の森嶋戦も、この秋山戦も、大会場のメインでも通用する試合だった。
「若さって凄いなと思いますよ。結果は伴っていないけど、あいつも何かを掴んだんじゃないかな。確かに技は、あいつが尊敬している小橋さんの技だけど…本人なりに改良しているから、俺にも読めないところがあった。プロレスラーの度胸っていうのはね、シングルマッチで付くものなんですよ。タッグマッチを何試合やったってかなわない。潮﨑がたった何試合かでこうなっちゃうってことは…いかに今までシングルマッチをやらせていなかったかってことなんですよ。シングルでしか、自分がどの位置にいるかわかりませんからね。俺自身もシングルは久しぶりなんで、やってみなきゃ自分のスタミナもわかりませんからね。こうやって今年、シングルのリーグ戦をやってみて“来年はどうなるかわかりません”じゃ、ノアの未来はないですよ(苦笑)。やったら、みんな頑張るんですよ。潮﨑を見れば一発でわかるでしょ? 俺的には全勝して三沢さんを完膚なきまでにやっつけてベルトを獲りますよ!」(秋山)
 選手が横一線に並んだ今回のリーグ戦は、今のノアの選手たちの充実振りを知る貴重な大会だ。

高岩竜一15年目の決意

「キャリア15年でスタイルを変えるのは勇気がいるんですよ」
 これは昨日の後楽園ホールでの試合後の高岩竜一の言葉。怪我から復帰後、ヘビー級進出をぶちあげた高岩は、同じくヘビー級転向を宣言している佐々木義人に敗れたのだ。
 共にジュニア・ヘビー級の枠を越えるパワーの持ち主だけに真っ向からガンガンぶつかり合うファイトが期待されたが、意外にも高岩はグランドで勝負。カニ挟みからスリーパー、スピアーを受け止めて脇固め…と、締め技やサブミッションにこだわった。こうした高岩に対して義人は「ふざけんな、コラッ!」とエルボー、水平チョップ、張り手を連発し、アルゼンチン・コースター→ラリアットのフルコースで高岩をぶっ倒して快勝。試合後も倒れている高岩にバンテージを投げつけるなど、怒りが収まらない様子だった。
 だが、高岩はエキサイトすることなく淡々。
「今日のこのスタイルが根づくまで何年かかろうとやりますよ。このスパーリングっぽいスタイルが受け入れられないのはわかっているけど、早く認めてもらうように頑張りますよ。ずっと同じことをやっていてもしょうがない。俺が目指しているのはパワー・グランドです。どっかで変えていかないと。ああいう試合があってもいいじゃないですか」
 そして、冒頭の言葉になった。
 ジュニアでは破壊的なパワーを誇る高岩だが、ヘビー級に本格参入するとなると状況は変わってくる。それを見据えてのスタイル・チェンジなのだろう。果たしてこれが成功するか、ファンに受け入れられるかはわからないが、本人は真剣そのもの。
「パワー・ファイターって言ったって、いっぱいいますからね。俺はこのスタイルをもっともっと練習して、打倒ヴァンダレイ・シウバですよ!」
 確かに15年のキャリアを持つレスラーにとってスタイルを変えるのは一大決心がいること。ひとつ言えるのは“何かを変えなきゃいけない”という向上心を持ち続けるのは素晴らしいことだ。高岩の新スタイルに注目してほしい。

Kamipro最新号について

 先月に引き続いて今日発売のKamipro114号に私が登場している。今回は“俺だけの何でもランキング”というコーナーで、私のこだわりのハワイ・ベスト5を語るというもの。前回の“天龍がHGに負けたことへのインタビュー”といい、Kamiproスタッフの私のいじり方は他にはないものだ。
 このサイトでやっているハワイコールズは完全に趣味の範疇だが、こうやってハワイ・ネタで扱ってくれたことには素直に感謝! 写真がキレイに出ていなかったのはちょっと残念だったけど、ぜひ読んでみて下さい。
 もちろん9月5日創刊の『月刊Gスピリッツ』もよろしく!

河野真幸のゆく道

 ちょっと古い話になるが、新日本の総合格闘技部門ニュージャパン・ファクトリーに所属する河野真幸が8・16ディファ有明におけるK-1トライアウトで王多峰に判定勝ちした。試合中にドロップキック3発を放ってプロレスLOVEを証明したという。いかにも河野らしい話だ(笑)。
 河野は武藤・全日本でプロレス・デビューした男。あのカシンが手塩にかけて育て、武藤の付人をやり、デビューしたのは『2003チャンピオン・カーニバル』優勝戦が行なわれた3・28北海道立体育センター(VS荒谷)。それだけ期待が大きかったのだ。実際、河野はグランドで先輩を圧倒する強さを持っていたし、心臓も強い。そして193センチという体は“全日本の未来のエース”にふさわしいものだった。04年3月に肩の怪我をして長期欠場しなければ、ずっとプロレスをやっていただろうし、今頃は間違いなく三冠戦線にいたと思う。
 私が河野を買っているのは、その身体能力だけでなく、武藤の付人をやったことによって養われたプロレス頭だ。今回のK-1トライアウトに向けての公開練習では青いマスクを被ったり、「シャイニング・ウィザードからモンゴリアン・チョップ。最後はドロップキックで決めますよ」と発言していたようだが、それもこれも注目を集めるため。どうしたら人の興味をそそるかというプロレス頭があるのだ。
 座右の銘は「明るく楽しく激しく、そして新しく」。尊敬する人は武藤敬司、ケンドー・カシン、小原道由、愛読書は「俺だけの王道」(川田利明著)「骨の髄までしゃぶりつくせ」(武藤敬司著)「人生は3つ数えてちょうどいい」(和田京平著)
 上記の答えだけで河野のセンスがわかる。ただし戦うことについては大真面目。プロレスの試合は05年5月20日、後楽園ホールにおける嵐と組んでの武藤&諏訪間(現・諏訪魔)を最後にやっていない。「勝てるようになったら戻ってきます」の誓いを頑なに守り、これまでいくつかの団体からプロレスラーとしての参戦オファーがあったが、すべて断っている。
 K-1トライアウトの2日前、偶然、河野と会った。
「俺、約束破っていませんよね。もう2年以上もプロレスの試合をやっていませんよ。でも、師匠譲りのプロレスLOVEがありますから(苦笑)、いつか必ずプロレスラーとして試合をします。でも、その前にやらなければいけないことが沢山あるので…」。
 今は総合なり、立ち技なりに邁進すればいい。突き詰めれば、また新たに見えるものがあるはずだ。それからプロレスをやったって遅くはない。河野真幸のゆく道に幸あれ!

これが今のノアのメイン

 一昨日の日曜日、昼の全日本のあとは夜からノアの8~9月シリーズ開幕戦だ。この1年でノアの風景はさり気なく、実は急速に変わってきている。今シリーズの軸がGHCヘビー級選手権次期挑戦者決定リーグ戦ということもあるだろうが、この日のセミは丸藤VSヨネの公式戦、メインは森嶋VS潮﨑の公式戦だった。そこには欠場中の小橋はもちろんのこと、三沢、秋山、田上は入っていないのである。
 少なくとも森嶋VS潮﨑のメインは1年前では考えられなかった。当時のことを考えると、森嶋は「爆発すると凄いけど、出来不出来の波が激しすぎる」と言われていたし、潮﨑に至っては「どう持ち上げても、小橋の後継者には無理があるなあ」という感じだった。その2人が違和感なくメインを務めたのだ。
 森嶋は今やROH世界王者として日米を股にかけて怪物パワーを爆発させてノリノリ。対する潮﨑も予想以上に頑張った。森嶋のスーパーヘビーの猛攻に耐えて145キロ(実際はもっとあると思われる)をジャーマンで完璧に投げ、ブレーンバスターの体勢からファイナル・カットに入るオリジナル技ゴー・フラッシャーも決めた。そして何よりも技に頼らずファイトが骨太になったのがいい。気迫も出ていた。昨年12月の武道館でわずか4分45秒でボロ負けした時とは大違い。最後はまたもバックドロップに敗れたが、18分8秒の熱闘だった。
 思えばこの1年、潮﨑は辛酸を舐めてきた。小橋が欠場となった7・16日本武道館では鈴木みのるとの一騎打ちというチャンスを掴んだが、まったく相手にされず完敗。12・23ディファ有明では丸藤と一騎打ちをして「潮﨑は今、若さと顔で応援されているけど、今のままだったら壁にぶち当たる。オリジナルがない。小橋建太が帰ってきたら存在意義がないよ。今、上で試合を組まれているけど、俺ら…KENTA、森嶋、力皇とはレベルが違う。今のままじゃ通用しない」と駄目出しされ、年が明けた1・21武道館では秋山の可愛がりを受けた。「小橋建太の真似をするなら、歩んできた道も真似しなきゃ駄目だ!」と秋山の言葉も厳しかった。
 だが、今の潮﨑を小橋のコピーと見る人はいないはず。小橋欠場から「小橋さんからの独立」を宣言していた潮﨑はコツコツと自分を磨いてきたのである。
「僕の力が足りなかったですね。善戦した? いや、森嶋さんはまだ余力がありましたよ。それが悔しい」
と試合を振り返った潮﨑。その悔しい気持ちがある限り、まだまだ潮﨑は伸びていく。小橋が復帰した時、その反対側のコーナーに逞しく成長した潮﨑がいてほしい。