石井智宏の目線

 昨日のロックアップ興行はメインの中西VS関本の肉体勝負、矢野が金村を破ってWEW王座奪取など、注目ポイントがいくつもあったが、私にとってはやはり長州VS石井の初の師弟一騎打ちだ。
 5年前…2002年の夏、週刊ゴング編集長だった金沢君から「今度、長州がサイパンに合宿に行くらしいんだけど、永島(勝司)さんから“いいトレーニング・パートナーはいないかな”って相談されたんだけど、インディーでいい選手はいるかな?」と相談された。当時の私は編集企画室長になっていて『プロレス名鑑』を手掛けていたから、結構インディーには詳しかった。そこで名鑑をペラペラめくって目に留まったのが石井だった。
 WAR活動休止後、石井は全日本やゼロワンへの入団を希望していたが叶わず、FECに属してフリーで暴れていた。その翌日、石井に電話をかけたら「その時期は試合のスケジュールがないし、是非、行きたいです!」とのこと。その後の諸々のことは金沢君に任せたが、このサイパン合宿がきっかけで今日の石井がある。
 試合直前、後楽園の控室の廊下で会った石井は全身から殺気を漂わせていた。凄い集中力。気迫がビリビリと伝わってきた。「ウォーッ」と雄叫びを上げてリングに向かった石井。試合ではこの5年のありったけを長州にぶつけた。18キロも体重差があるのにタックルで吹っ飛ばし、ラリアット3連発でダウンを奪い、垂直落下式ブレーンバスターも2発決めた。最後、長州のラリアット3連発に沈められたが、よけずに真っ向から食らったところに石井の意地を感じた。
 試合後、一通りのインタビューが終わった後に「今日は胸を借りる心境だった? それとも対等の意識?」と聞いたら、次のような答えが返ってきた。
「対等の立場で戦いましたよ。新日本に出だした時も“石井がどこまで新日本についていけるか?”って見方をされていたけど、俺は同じ目線で戦っていたから。それと同じですよ」
 WARの若手時代、IWAジャパンのエースだった山田圭介と戦ったことがあった。その時も石井は、相手が他団体のエースという上の立場だということに構わずガンガン向かっていって押しまくった。「これは気の強い若手が入ったもんだ」とヘンに感心したものだ。その時から石井智宏の対戦相手に向かう意識、目線は何ら変わっていない。

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