カール・ゴッチ死去

 7月28日(現地時間)午後9時45分、カール・ゴッチがフロリダ州タンパの自宅で亡くなったという知らせを聞いた。享年82歳…83歳の誕生日を目前にしていたという。
 残念ながら、私はゴッチの取材をしたことはない。唯一、話をしたのは83年3月に凱旋帰国直前の前田日明にインタビューしたくてゴッチの自宅に電話した時だ。あいにく前田は練習中でゴッチ自ら電話に出た。こちらがたどたどしい英語で取材の趣旨を説明すると、
「アキラの取材? 彼は修行中の身だから、私としてはチヤホヤされたくないが、ミスター・シンマ(当時の新日本プロレス取締役営業部長・新間寿氏)の許可をもらっているなら仕方がないな」(ちゃんと聞き取れたわけではないが、こんなニュアンスだった)
 と、渋々、前田を電話口に出してくれた。
 後年、ゴッチのプロレスラーの評価は様々だが、私の中ではファン時代に刷り込まれた“プロレスの神様”のまま。プロレスを芸術にまで高めたと言われるジャーマン・スープレックス・ホールド、強過ぎて各地のチャンピオンに逃げられて遂に世界王者になれなかった無冠の帝王、そしてアントニオ猪木の師匠などなど…子供の頃の私は櫻井康雄氏の記事に完全に洗脳されたのだろう。
 中学1年生の夏休みだった1974年8月8日、東京・日大講堂で行なわれたゴッチと猪木の『格闘技世界一決定戦』は、父親にせがんで1ヵ月早い誕生日プレゼントとしてリングサイド1列目(当時5000円)で観た。カール・ゴッチを思い出すと、私の気持ちはファン時代に戻ってしまう。
 神様は、本当に神様になってしまったのか…。

「カール・ゴッチ死去」への2件のフィードバック

  1. シャープ兄弟、ブラッシー、吉村選手等の選手が亡くなった時、地方一般紙に訃報が出たのはわかりましたが、カールゴッチの訃報が北海道新聞の夕刊に出たのは、びっくりしました。やはり「プロレスの神様 カールゴッチ」と記載されてました。ゴッチがいなければ今の格闘技界(プロレスを含み)は、なかったでしょうね。自分は、会場で目の前で見ることが出来なかったのが残念です。合掌。

  2. キラー・トーア・カマタも鬼籍に入られましたねぇ・・・
    自分としては、ゴッチよりカマタの方が
    思い入れ強いんで・・・(汗
    残念ですネェ。

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