IGF旗揚げ戦

 結局はカードが決定したのが2時間前、「迷っている奴は観に来なくていい!」という猪木発言もあるなど、寸前までスッタモンダしたIGF旗揚げ戦が無事(?)終わった。観客動員は主催者発表で8426人(超満員)。超満員発表はともかくとして、これだけの泥縄で、よくもまあ集まった。これもアントニオ猪木の神通力というべきか、あるいはいい意味でも悪い意味(いじわるな意味)でも注目を集めたということだろう。
 実際問題としてIGF旗揚げ興行に猪木の新団体旗揚げという色はなかった。自前の選手がいないわけだから、猪木プロデュース興行である。その意味では上井駅やリングソウルの興行と変わらないと言ってもいい。田村潔司の土壇場での参戦が話題になったが、結局はUスタイルの披露試合という形に終わった。どうせなら“赤いパンツの頑固者”をプロレスの世界に引っ張り込んでほしかったものだ。
 目玉のひとり、小川直也は「猪木さんの遺伝子を次ぐIGFに橋本さんと一緒に参加した」と、橋本真也の『爆勝宣言』で入場。当初はブーイングが予想されていたが、橋本さんの力を借りて観客の支持を集めた。そしてファンが小川に望んでいるのはキャプテン・ハッスルでもなく、セレブ小川でもなく、橋本と死闘を演じていた時代の“暴走格闘王”だということが改めてわかった。一連の橋本との死闘はゴールデンタイムで放映され、それによって橋本と小川の知名度が上がったし、あの時の興奮はファンの脳裏に鮮明に残っている。小川には、ハッスルは小休止してかつての凄味を取り戻してほしい。ギラギラした“暴走格闘王”の方が似合っていると私は思う。
 今回の大会で猪木のプロモーターとしての手腕を評価したいのはブロック・レスナーVSカート・アングルを本当に実現させたことだ。この2人の激突は近年のアメリカ・マット、WWEでも最高のカード。2003年の『レッスルマニア19』でメインを飾ったカードである。04年3月にレスナーがWWEを離脱したことによって消滅した黄金カードが3年以上の時を経て日本で実現したというのは凄いことだ。両者共にWWEを離れた現在、多くのプロモーターがこのカードの実現を願っていただろうが、それをやってのけたのが猪木だったのだ。内容的にも両者が構えることなく持ち味を出していたし、すっきりと決着がついたのもよかった。
 ただ今後のIGFを考えると、やはり前途多難と言わざるを得ない。1発イベントという感は否めず、線としてつながらないのである。猪木の遺伝子を伝えていく団体となれば、やはり猪木が直接レスラーを育てるしかない。かつての新日本は猪木が先頭に立ってレスラーを育成したが、それも20年以上前まで。最後に猪木が本腰を入れて育てたのは、89年の選手大量離脱騒動の時の三銃士(武藤、蝶野、橋本)が最後ではないか。あとは引退後に佐山と2人で育成した小川直也ぐらいか。
 気の遠くなるような作業だが、アントニオ猪木という名前の神通力が通用している間にレスナーVSアングルのようなプロレスの醍醐味を味わわせてくれるカードを実現させて引っ張り、その間に真の意味で猪木の精神、技術を受け継ぐ新たな人材を育て上げる。それが果たせた時、IGFは初めて成功だと言えるのではないか。

やはりハッスルは…

 昨日は東京プリンスホテルで行なわれた『ハッスル新体制発表記者会見』に行ってきた。DSEからプロレス・コンテンツ・イベント『ハッスル ファイティング・オペラ』の営業権が譲渡されたことにより、5月1日からハッスルエンターテインメント株式会社が『ハッスル』の主催・製作をすることになった。すでに5・9後楽園から始動していたが、改めて新体制の発表が行なわれたわけだ。
 これまでどおりに京楽産業株式会社が協賛、新たに株式会社エンターブレインが資本出資して経営に参画する。エンターブレインはDVD、ホームページ、モバイル・サイトの運営もやっていく予定で世間にハッスルを広く浸透させてムーブメントを起こしたいという。
 「クロマティ選手の参加はアメリカでも話題になっていてESPNのサイトでも報じられていて、それを見て逆オファーしてきている選手がいます。皆さんが聞いたらビビッてたじろぐようなアメリカのメジャー・スポーツの選手です」
「地上波のテレビ放映は…近いうちに大きな発表ができると思います」
「大晦日興行ですか? PRIDEさんがどういう予定かはわかりませんけど、さいたまスーパーアリーナでやリたいという気持ちはありますね。どうせなら大晦日の1日だけじゃなくて元旦、2日と3日連続でやれれば」
「ハッスルとIGF…どっちが本当のプロレスか、思い知らせてやります。もし一歩踏み出す勇気があるなら、『ハッスル・マニア2007』にご来場ください、猪木さん」
 山口日昇社長は飄々としながらも威勢が良かった。元々はKAMIPROの編集長だっただけに、マスコミ心理をくすぐるコメントを出す。
 大衆娯楽だったプロレスの復興と、プロレスの枠を超えて日本がハッスルできるエンターテインメント企業を目指すというハッスル・エンターテインメント。あのアントニオ猪木までファイティング・オペラの世界に取り込もうとしているのである。会見を聞いているうちに、あのSWSの発足会見の時の不思議な感覚が甦った。やはりハッスルは、プロレス界の黒船か!?
 

グレート小鹿社長

 一昨日の大日本プロレス後楽園大会でグレート小鹿社長と久々に話をした。小鹿さんはここ数年、仙台でちゃんこ屋さんに専念していたため、とんとご無沙汰。04年9月に日本スポーツ出版社を退社した後、大日本の会場に挨拶に行った時も会えずじまいだったのだ。
 小鹿さんとの出会いはハッキリ言って最悪だった。それは1980年。ゴングのスタッフになって会場に出入りするようになったが、ある全日本の大会で控室に行った時のこと、
「ダメ、ダメ!ファンは入ってきちゃダメなんだよ!」
 と、小鹿さんの怒声が。当時18歳だった私はファンに間違われてしまったのである。だが、その後は優しくしてくれた。地方巡業中にホテルのロビーで馬場さん、小鹿さんと缶ビールを飲みながら夜中まで話をしたこともあった。
 それにしても昔のレスラーは大きい。65歳になった小鹿さんだが、185センチのがっしりした体格。体重は今でも93キロあるという。
「今年で大日本プロレスも13年。15周年には両国に進出してみたいねー!」
 と、相変わらず血気盛んだ。
 今、大日本は本当に充実している。この後楽園のメインは佐々木&宮本VS伊東&アブコバの蛍光灯デスマッチだったが、デスマッチ以外の試合も内容が濃い。関本とマンモスの真っ向勝負はヘビー級の迫力に満ちているし、地味ながら井上勝正の成長も著しい。ルチャ的な試合もあれば、オーソドックスな試合もあるし、お笑いもある。大会としてバランスが取れているのだ。他団体ながら宮本裕向という新たなデスマッチ・ファイターが誕生し、7月からは宮本のデスマッチ七番勝負が始まる。何より、全選手がピュアにプロレスに取り組んでいるのがわかる。
 2年後、大日本が両国に進出してもおかしくない。あとは今の勢いを持続させることと、その面白さをいかに広く浸透させるかである。

クリス・ベノワについて

 昨日はアクセス数が多かった。もしかしたらクリス・ベノワについての情報があるのかと覗いてくれた人が多かったのかもしれない。
 私がベノワの訃報に接したのは昨日の午前中。アメリカの知人からも電話がかかってきた。だが、何も書く気持ちにはなれなかった。詳細がわかるまで、軽々しく彼の功績を称えたり、若過ぎる死を悼んだり…を文章にする気持ちにはなれなかったのである。昨日、CTU解散の記者会見を行なったライガーがベノワの死について「詳細がわかるまでは」とコメントしなかった気持ちはすごくよくわかる。
 ここ最近、レスラーの訃報が相次いでいる。同年代のレスラーの悲しいニュースは本当に心に響く。常に精神的緊張を強いられ、肉体的な苦痛を伴うプロレスラーという職業。ある者は精神のバランスを崩し、ある者は体を壊し…思いがけない若さで去っていく。プロレスラーとは命を削りながら観る者に夢や元気を与えていくという本当に過酷な職業だと思う。
 今現在、ネットなどで報じられていることが事実だとしたら、これは痛ましい事件だとしか言いようがない。そこにああだったのでは、こうだったのではという推測を挟む余地がないほどの厳しく悲しい現実だ。
 私はベノワとは個人的な接点はない。ただ、リング上のプロレスラー、クリス・ベノワは本当に素晴らしかった。みんなにとってもそうだったと思う。今後、どんな事実が出てこようとも、それだけは消えない。

小島のVM入り

『自分の進むべき道がはっきり見えてきました。それが何であるかを六月二十四日、後楽園ホールのリング上で「ひとつの形として」お見せしたいと思います。全日本プロレスは若い力も着実に育っています。今後は、全日本イコール小島聡というところをしっかりと見せていきますので、変わらぬご声援の程、よろしくお願い致します』
 これは6月16日、全日本プロレス経由でFAX&メールされてきた小島聡の直筆メッセージの一部。小島が書いていた「ひとつの形として」というのはブードゥー・マーダーズ入りだったわけだ。
 昨日の後楽園。第5試合で健介&真田と組んでVMと激突した小島は、試合後に若い真田、T28と手を組んで「これからは若い力が全日本を引っ張って行くんだ」と宣言した。ところがメインの中島VS近藤終了後に乱入して中島を袋叩きにし、さらに駆けつけてきた健介、武藤、ケアと大乱闘の挙句に電撃的なVM入り。これをどう解釈すればいいのか? 真田&T28と手を組んだのも巧妙な芝居?
 ここで私が思うのは、今回の小島のVM入りは単なる話題作りではなく、もうすぐキャリア16年、もうすぐ37歳になる小島が自分自身を見つめ直しての行動だろうということだ。第5試合終了後の若手への言葉は「お前たちがしっかり全日本をやっていけよ」という惜別の言葉だったように思う。
 全日本に来て、三冠王者にもなった小島だったが、真のエースになることはなかった。三冠王者時代でも常に話題の中心は武藤であり、曙であり、VMの凶行や面白いストーリー展開であり、その中で小島は王者として挑戦者を光らせつつ、黙々と戦っていた印象が強い。
 今、このキャリア&年齢にきて、小島が真にトップを獲ることを考えた場合、立ち位置を変えるしかない。武藤や健介と対立できるポジションを確保するのが早道である。そこでVM入りというのは、ちょっと安易な感じもするが、小島がVMの色に染まってしまうのか、小島がVMを自分の色に変えるのかによって評価は変わってくるだろう。深読みすれば、小島があえてVMに入ったのは、全日本のパッケージ・プロレスをぶち壊そうという意図もあるのではないか。それが全日本イコール小島聡という表現につながっているような気もする。
 いずれにせよ、小島がどう変わるのか注目したい。

ハワイアン・スピリッツ

 昨日は日本橋三越でやっている『楽園写真展ハワイアンスピリッツ』に行ってきた。楽園写真家・三好和義氏の写真展だ。三好氏はこの写真展、そしてハワイ写真集の撮影のためにオアフ、マウイ、ハワイ、カウアイ、モロカイ…と、半年間かけて各島を回ったという。
 実は、私は高校時代に写真部に在籍していた。プロレス業界に入ってからも、平成初期まではカメラマンが足りないのでリングサイドで撮影もしていたし、記者兼カメラマンとして何回か海外取材をしている。81年暮れにハンセンが最強タッグ優勝戦に乱入、場外でテリー・ファンクにラリアットを見舞った写真は月刊ゴング昭和57年1月号に見開きで使われた(ちょっと自慢)。最近では海外に遊びに行った時にマニュアル操作ができるコンパクト・デジカメを使うぐらいだが、やっぱり写真には興味があるのだ。
 これまで三好氏の写真展には何回か足を運んでいるが、楽園写真家と呼ばれるだけに、自分の世界を持っていて、どこの土地の写真を撮っても見事に楽園を表現している。目に見えるままではなく、心象が写真として表現されているのはさすが。
 太陽光線を浴びて複雑な陰影を作るナパリ・コースト、躍動感溢れるキラウエア火山の溶岩、まるで別世界のようなハレアカラ火山のクレーター、海にかかるレインボー、神秘的な滝…写真を見ていたら「ああ、あそこはこうだった」などと、これまでのハワイ旅行の記憶が甦ってハッピーな気分になれたし、元気になれるエネルギーをもらった。
 人をハッピーにさせることは素晴らしいことだし、凄いことだ。プロレスも常に人をハッピーにし、元気にしてくれるスポーツ・エンターテインメントであってほしい。

鈴木みのるにUの魂

 昨日、新宿FACEでカス野郎プロレス『カスイチ』を初めて体感した。これが、なかなか楽しいプロレス・ライヴ。ミゲル・ハヤシ・ジュニアとKAGETORAのジュニア対決に始まり、FMWを再現する野橋&ハヤブシートVS怨霊&GOEMON(久々に話ができて嬉しかったよ、浩二クン!)、越中とヤッシーの超平成維震軍にケンドー・コバヤシがマネージャーに付いてのTARU&大鷲との激突、近藤&谷嵜&ミラニート・コレクションA.T.とHARASHIMA&KUDO&高梨のエルドラドとDDTの6人タッグ対決、そしてメインの鈴木みのるVS澤宗紀と、マニア心をくすぐる気の利いたマッチメーク。
 試合でこそヒールに戻ったが、あのTARUが試合前に白地にBABYFACEと書かれたTシャツを来てリングサイドのお客さんと握手しながら入場し、リングインと同時に客席に一礼、「どうも、ベビーフェースのTARUです!」と挨拶したのは笑えた。このカスイチでは全日本のブードゥー・マーダーズとは違って、TARU、近藤、ヤッシーの素顔が垣間見えるのだ。
 さて、ファンとマスコミの注目は、何といっても越中とケンドー・コバヤシの合体。あの越中がリングで笑顔を見せるのは稀なこと。コバヤシはお笑い芸人のスタンスを崩さないでいたが、感激で目が潤んでいた。
 私が個人的に注目していたのは、メインのみのるVS澤。澤にはランジェリー武藤というもうひとつの顔があり、三冠戦前哨戦という目で見ても面白いのだが、私的にはみのるVSバトラーツという視点で注目した。バトラーツはみのるの藤原組時代の後輩・石川雄規が設立した団体である。
「石川さんは相当、鈴木さんにいじめられたみたいですからね。未だに言いますもんね。だから石川さんの弟子である僕が、その恨みを晴らそうと」と澤。澤独特の言い回しだが、澤は自分のルーツになる鈴木みのるを体感することを楽しみにしていた。
 試合はシビアだった。みのるはマウントから顔面パンチ、顔面への蹴り、アキレス腱固めと澤をかわいがった。それこそ藤原組時代に若手をいじめまくった頃に戻ったようだった。同じ遺伝子を持つ後輩だからこその試合だったように思う。
「バトラーツって、あのバカの石川が創った団体だろ? かなり遠いながらも似たような空気を感じたよ。全日本や新日本とは違うUWFという団体の流れを多少なりとも感じるところがあった。意外に気持ちよかったよ、試合してて。澤はどうだったか? テキトーに頑張れ。邪魔なら殴る。それだけだ」
 控室に入りかけて、振り向いたみのるは最後にこう言った。
「あのさ、その頃、俺はパンクラスでやっててさ、まったく違う世界にいたわけだけど、髙田延彦が武藤の足4の字で負けた時は屈辱だったよ。今度の三冠戦は、そういう想いもこもっているから…」
 鈴木みのるの心の奥底には、強さのみを求めて青春を燃やしたUの魂が今も宿っている。

嵐とTAKAを包み込んだ無我なる世界

 私はこれまで嵐の復帰問題について厳しい立場を取ってきた。昨年7月に大麻所持で逮捕され、9月13日には懲役6ヵ月執行猶予3年の判決が出ている。果たして今、嵐がリングに上がって許されるのか…。もちろん、一度つまづいたからといって、永遠に再生のチャンスが与えられないのは可哀相すぎる。でも…。極めて個人的な感情からすれば、嵐は私にとって全日本プロレスに入門してきた当時のタクちゃんのまま。本音では1日も早く立ち直ってほしいが、でも、ここでスンナリとリングに上がることをヨシとしてしまったら…という複雑な気持ちでいた。
 そんな中、昨日の後楽園ホールにおける無我で西村が嵐にチャンスを与えてくれた。第0試合という形だがリングに上げてくれたのである。試合直前、私は嵐に会った。嵐は吐きそうになるほど緊張していた。
 果たして、お客さんの反応は。無我のお客さんはちゃんと嵐を見てくれた。嵐はタックル、ラリアット、嵐落とし、ニールキックと目一杯のファイトを繰り広げ、西村はすべてを受け止めてくれた。結局は3分あまりで西村のスリーパーに屈したが、客席からは「よくやった!嵐」の声も飛んだ。
 試合後、マイクを手にした嵐は「プロレスに携わるすべての人たちとプロレス・ファンの皆さんにお詫びします。本当に申し訳ありませんでした」と客席四方に向かって土下座。
「今日、私がリングに上がることをよく思われていない方が多いと思います。これから嵐という名前を封印して、高木功として練習生のつもりで頑張ります。そしてファンでいてくれる皆さんには、嵐という名前が1日も早くコールされるように頑張ります」
 あの口ベタな嵐が、ちゃんと自分の言葉で自分の気持ちを伝えられたのにはジーンときた。もちろん、これですべてが許されたわけではない。本当に大変なのはこれからなのだ。無我の優しいお客さんと懐の深い西村には受け入れられたが、世の中、甘くない。多分、これから辛辣な野次にさらされることもあるだろう。でも、この日のみんなの気持ちを忘れずに精進してほしい。頑張れ、タクちゃん!
 さて試合だが、この日のメインの藤波とTAKAの一騎打ちは興味深かった。この一戦が決まった直後…確かノアの6・8横浜だったと思うが、TAKAは私の顔を見るとニヤッと笑ってこう言った。
「藤波さんとの試合はヘッドロックだけで20分やりますよ」
 TAKAが目指しているのは古き良き時代のアメリカン・プロレス。いたずらに見せ技や大技を使わずに観客を魅了するセオリー通りのプロレスを目指している。無我の思想と通じるものがあるのだ。
 最初の5分、藤波とTAKAはグランド・レスリングとヘッドロックの取り合いだけで魅せた。こういう攻防になると藤波のしたたかさと経験が光る。TAKAが仕掛けてきてもパッと切り替えすのである。中盤のドラゴン・スクリューの連発では左右の足に決めて、TAKAに受け身のタイミングを掴ませなかった。振り返ってみれば、大技らしい大技はTAKAのスーパーK、藤波のブレーンバスター、ドラゴン・スクリュー、足4の字、フィニッシュのドラゴン・スリーパーぐらいのものだったが、見応え十分だった。確かに大技に頼らないプロレスだった。
「藤波さんは思っていたよりも凄い人だった。切り替えしが早いし、掌に乗せてやろうと思っていたら、結局は俺が掌に乗せられていた。あの人も昔はドラゴン殺法とかいろいろな技を使っていたけど、今は最小限の技で勝負している。俺が目指しているのと一緒だよ。飛んだり跳ねたり、頭から落としたりっていうのに頼るのはごまかし。そんなことしなくたって基本技をきっちり押さえてセオリー通りに戦えばプロレスは成立するし、お客さんを満足させられるはず。それがプロの技術だと思う。今日は勉強になりました」
 とTAKA。
 昨日はいろいろな意味で無我の深さを実感させられた。

ゼロワンMAX&TAJIRI

 昨日は後楽園ホールのゼロワンMAXへ。ゼロワンMAXは、何だか純粋さと遊び心があって心地いい。それは大谷晋二郎という愛嬌のあるピュアな人間が醸し出すものなのか…。浪口と対戦したロボット・ギミックの永久電池を搭載しているというLA道場のショック・ウェーブ・ザ・ロボットは面白かったし、将斗&TAJIRIとコリノ&CWアンダーソンのECWマッチは名人4人ならではの試合だった。義人や若手の高西の真っ直ぐなファイトも好感が持てる。
 そして、いよいよ『火祭り07』の季節。Aブロック=大谷、崔、村上、齋藤彰俊、吉江豊、Bブロック=将斗、大森、義人、耕平、関本大介という本当に熱いメンバーが揃った。今年もコテコテの熱い大会になることだろう。観る方がバテないように注意しなければならない。
 さて、休憩時間にTAJIRIと雑談した。話題は当然、ハッスルについて。TAJIRIと私の一致した意見は、ハッスルで光れるのは「自分の世界をしっかり持っているレスラー」「自分の世界に確たる自信を持っているレスラー」だということ。その意味でTAJIRIはグレート・ムタ、天龍源一郎をリスペクトしている。

ミラノのスーパージュニアVは必然!

 今年の新日本プロレス『ベスト・オブ・ザ・スーパージュニアⅩⅣ』はミラノ・コレクションA.T.が優勝した。サムライTVの優勝者予想で、私の予想が的中したのだ!
 と、別に偉そうに書くことではない。ハッキリ言ってジュニアの大会は、その日のコンディション、一瞬の機転が勝敗を分けるから予想は難しい。私がミラノを推したのは引き出しの多さと、これからの新日本ジュニアに期待を込めての2点だった。本当なら外道、サムライが順当だと思ったが、どうせなら若い人間に優勝してもらいたいという願望がある。そうなるとミラノか田口。経験値でミラノを推した次第だ。
 メキシコでルチャを学び、一昨年の4月にはフリーになってテキサス州サンアントニオに渡ってTWAでアメリカのオールド・スクール・スタイルを学んだ。昨年夏の終わりから新日本に上がったが、当初は蝶野のパートナーとしてヘビー級でやりながら、ちゃんと自分のキャラを発揮していたのだから大したものだ。
 昨年10月、ミラノにインタビューした時にこんなことを言っていた。
「新日本のスタイルって、ホントにストロング・スタイルが確立されていて、それは純粋なプロレスとはちょっと違うなって思うんですよね。メキシコ、アメリカ、いろいろ他の団体…全日本も上がらせてもらったりして、ストロング・スタイルはスタイル。純プロレス・スタイルではないんですよね。そう思うんです。あくまでも新日本のスタイルです。僕はそれを引き出しのひとつにしようとしているだけで“ストロング・スタイルのミラノ”になろうとしているわけじゃないんです」
 新日本ストロング・スタイルを、あくまでもひとつのスタイルとして考え、自分の中に取り込んでしまおうという視野の広さには感心したし、実際にそうあるべきだと思った。こういう考え方の持ち主が伸びないわけがない。
 次はG1。ここでもウェートの壁を“培った引き出し”で乗り越えてほしい。期待しているよ、ミラノ!
P.S. 昨日の『天龍敗戦』について様々なコメントが寄せられていた。みんな、ショックを受けて釈然としていないようだ。でも、その一方では天龍を信じたいという気持ちも持っているように思う。20年以上、天龍番をやってきた私が知っている天龍源一郎はブレない人。だから「点として見ないで、線として見ようではないか」と言いたい。今の時点でHGに負けたという1点だけを捉えたら、何も見えてこないと思う。これからの流れを見ることによって、今回の敗戦の意味が見えてくると思うのだ。