Hikaruとの約束

 最近では女子の若いレスラーとの接点がない私にとって、貴重な存在なのがHikaru。2年前に週刊ゴングでインタビュアーと選手の組み合わせを読者投票で決める企画があり、私のインタビュー相手がHikaruになったのがきっかけだった。
 当時、すでに全女のフジテレビの中継はなく、それまで私はHikaruのファイトをハッスルでの“ハッスルなでしこHikaru”としてしか見たことがなかった。そこで女子プロ・ライターの田中正明クンに資料をもらい、レディゴンの泉井編集長を通じてサムライTVから高橋奈苗と組んでW・コングと戦ったWWWA世界タッグ王座決定戦(04年10月6日)、オール・パシフィック王座を獲得した西尾美香戦(04年11月7日)、前村早紀戦(05年1月3日)のビデオを入手。さらにインタビューを目前に台場のスタジオドリームメーカーでの試合もナマで観た。
 ところが、インタビューの約束日の2日前の05年2月20日、Hikaruはライオネス飛鳥戦で左足首を脱臼するというアクシデント。結局、インタビューは約半年後の9月頭に実現した。
 その間のHikaruの運命はドラマチックだった。欠場中に全女が倒産、Hikaruは高橋奈苗と個人事務所フラッシュ7を設立し、9月10日、新宿FACEにおけるフラッシュ7自主興行の豊田真奈美戦でカムバックを果たした。
 インタビューが決まった時点から下調べをし、ビデオやナマの試合を観、そして実際にインタビューしてみて、私はHikaruに“女子プロの可能性”を見た。試合は荒削りだし、決して器用ではない。でも、男子プロレスとは違う、女子プロ特有の輝きが見えたのだ。それはかつてのクラッシュ・ギャルズが持っていたムードである。いわば、“女子プロの純プロレス”の空気である。
 豊田戦は本人にとっては納得のいかない試合だったようだ。試合後の午前2時過ぎ、Hikaruから電話がかかってきた。
「今度は半年後…半年経ったら、私の試合を観に来てください!」
 それは半年の時間があれば、私を唸らせる試合ができる自信があるという意味だった。
 だが、その約束は延び延びになってしまった。私自身も忙しくなって、他の仕事に追われていたのである。その間、Hikaruは高橋奈苗と共にプロレスリングSUNを設立して、ゼロワンMAXとリンクする形で活動していた。ゼロワンの大会で何度かHikaruの試合を観たが、それはあくまでも“ついでに観た”といったもの。
 そんな中で4月19日のハッスル後楽園でバッタリとHikaruと出くわした。
「お久しぶりです。5月27日に後楽園でSUNの興行があって、私はタイトルマッチをやるんで観に来てくださいよ!」
 そんな経緯があって、昨日は延び延びになっていた約束を果たすためにも後楽園へ。22日に鼻骨骨折した上でのメリッサとの防衛戦だったが、2年前に感じた“あの輝き”は健在だった。ファンを惹きつける力も持っている。今、SUNの選手は日高郁人のコーチを受けているというから、これからさらに成長するだろう。
「練習中に怪我をしてしまって、チャンピオンとして反省しています。でも、このベルトは全女時代の白いベルト(オール・パシフィック)と同じくらい、私にとって大事なものなんですよ。どのベルトに価値があるとかじゃなくて、これは私の戦いができるベルトなんです。ベルトが歩いているんじゃなくて、私の横にあるのがベルト。私の飾り。でも、今日はいつもは飾りのベルトに支えられました。外人は強いです。日本人とパワーが全然違う。だから外人相手に防衛戦をやっていきたいです」
 Hikaruがこのまままっすぐにスケールの大きな女子プロレスラーになってくれることを期待する。

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