初マッスル

 昨日の夜、マッスル坂井がプロデュースする『マッスル』を後楽園ホールで初体感した。『マッスル』を説明するのは難しい。プロレス演劇、プロレスをモチーフにしたバラエティショー…演劇や本が好きな坂井の感性をプロレスのリングで表現したものとでも言おうか。プロレスにある要素を坂井なりの感性でデフォルメしたものと言うべきか。ちなみにチケットは1週間前には完売。これが坂井にとっては大きなプレッシャーになっていたようだ。
 まずは時事ネタを題材に『マッスル』及びプロレスの捏造、やらせ問題に始まり、『マッスル』を大きくするためには大人気のフィギュア・スケートを用いるべきだとして、『世界フィギュア・レスリング選手権2007』という形で試合を進行。これは課題曲に乗って試合を行ない、曲の解釈、技術、演技力、技のつなぎなどを採点。選手は試合後にキス&クライ(得点を待つエリア)で喜んだり、悲しんだりという趣向だ。前半戦での高得点は『白鳥の湖』でショートプログラムを演じた男色ディーノと飯伏幸太(つまりディーノⅤS飯伏の試合)。場内に流れる村田アナウンサーとベースボール・マガジン社の鈴木健氏の実況解説も、ちゃんとフィギュア・スケート調になっていたからよかった。おふざけではない、演劇、バラエティショーだから細部のディテールにも徹底的に凝っている。だからこそ、観客も楽しめるのだ。
 その他、PRIDEの買収劇をパロッて『マッスル』がアメリカのエンターテインメント総合格闘技組織UCCに買収されるというオハナシも出てきた。
 試合では、途中でナレーションが入って攻防がスローモーションになるなど、完全にお約束の世界。それを選手が真剣に演じる。一歩間違えれば、プロレスそのものを否定するような世界だが、そこに嫌な感じがなく、観客が素直に楽しめるのは、選手たちの真剣な取り組みと、坂井の根っこにある“プロレス愛”が感じられるからだろう。
 サプライズは、鈴木みのるの登場。もちろん、みのるにマッスルの世界観が通用するわけがない。いつも通りの妥協なきファイトで坂井をぶっ飛ばした。だが、坂井もプロレスラーとして必死に食らいついた。
「マッスル、それから周りにいる連中! お前ら、プロレス舐めてんだろ!? 中途半端な形でプロレスと俺に関わるんじゃねぇ。適当にやるんじゃねぇぞ。命懸けろよ! わかったか!?」
 とみのる。だが、その後には坂井と一緒にキス&クライに着席し、最高得点を得ると坂井と握手して雄叫び。このガッチガチの試合もフィギュア・レスリング大会の演目だったのか!? これだからプロレスは深い。虚実が渾然一体となっているのだ。
 プロレスラーとしてみのると戦うことができた坂井は大会終了後に泣いていた。
「プロレスを始めてから一番きつい、しんどい試合でしたけど、もっと頑張りたかったです。自分はちゃんとプロレスが好きで、それで始めたんですけど、『マッスル』が独り歩きして、そこだけで認知されて、大したプロレスラーとして思われていないのはわかってます。自分は、プロレスっていうのは戦いや感動を人々に与える素晴らしいスポーツだというのがあって、それをスローモーションとか使ってやっていますけど、鈴木さんは体だけでやっている。UWAI STATIONに出た時、鈴木さんと高瀬選手の試合を見て、張り手1発、試合で見せる気迫、マイクでお客さんを感動させる鈴木さんに感動しました。鈴木さんを見て、感動を与えられるレスラーになりたいと思いました。そう思わせてくれる鈴木さんと試合ができて嬉しかったです」
 坂井はプロレスラーとして一流ではない。だが、プロデューサーとしての才能はある。だから坂井は独自の感性でプロレスの中にある、プロレスならではの魅力の一部を取り出し、デフォルメして『マッスル』を創り出したのだろう。そして、そこに鈴木みのるが上がったのは大きな意味がある。
 様々なリングに上がっているみのるだが、その基準は「自分にとって面白いか」「自分の感性にビビッとくるものがあるか」ということ。ファイトマネーは二の次だ。いくらいい条件でも「面白くない!」と思ったら上がらないし、逆にファイトマネーが安くても「これはやりてぇ!」と思ったら上がる。それがみのるスタイル。『マッスル』には、みのるを動かす何かがあったのだ。

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