今、アパッチに注目!

 アパッチプロレス軍にはプロレスの様々な要素、ヒントがある。昨日の新木場もそうだった。第2試合の橋本友彦VS井上勝正はハードヒッティングな試合だったし、観客わずか300人で超満員という小会場ながらセミでは金村キンタロー&伊藤竜二VS黒田哲広&マンモス佐々木という好カードがさりげなく組まれた。前回の4・15新木場の時も書いたが、ブリブラダンスなどでお客を喜ばす金村が、いざ試合になると“闘い”をキッチリと見せる。その姿勢がアパッチの芯になっていると思う。
 さて、この日の注目はダブル・メインエベント。まずは佐々木貴とGENTAROの元・赤レンジャーズによるイデオロギー対決だ。佐々木は大日本にも進出してデスマッチに目覚め、今、その頂点に立ったが、GENTAROはデスマッチに背を向けて、2人は別々の道を歩んだ。
「蛍光灯だ、有刺鉄線だなんていうのはプロレスじゃない。プロレスってのはレスリングと、特有のルールを最大限に活用して戦うものだ。レスリングを忘れた佐々木にレスリングを教えてやる」というGENTAROのアピールで実現した一戦は、GENTAROが言葉通りにルール内で佐々木に勝利した。場外でシャープシューターを決めて寸前でリングに戻ってリングアウト勝ち。そして続く再戦でもレフェリーの目を盗んで佐々木が腰に巻いてきたBJWデスマッチ王座のベルトで殴打した上でのスクールボーイ。GENTAROの狡猾なファイトに、普段は佐々木にブーイングを送るアパッチのファンもGENTAROに大ブーイング。だが、
「見ての通り、俺はプロレスのルールに則って勝負した。これが頭を使ったプロレスなんだ。ここにいるアパッチのファンの奴らはサディストの集まり。ちょっとの木戸銭を払って、命のやり取りを見たいと思うんじゃねぇ。俺はファンも教育してやる」
 という言葉には妙に説得力があった。
 そして葛西純とウインガーの月光暗闇蛍光灯ボートライトアウト画鋲デスマッチ。葛西が去年暮れのデスマッチ・トーナメントの雪辱を果たしたが、ここでまたまたGENTAROがリングイン。
「蛍光灯に画鋲…下品すぎてヘドが出る。バカ・タカシ(佐々木)とサル(葛西)、2人まとめてレスリングを教えてやるよ。次の新木場(5月26日)は3WAYだ」と宣言。
 これに対して、佐々木が「デスマッチ心のない奴にデスマッチ・アイテムは必要ない」と、正攻法で戦うことを宣言すれば、アパッチのデスマッチ路線を牽引してきたと自負する葛西は「バカ殿(佐々木)は大日本のチャンピオンだと言うけど、ここはアパッチなんだよ。あと、レスリング・バカ(GENTARO)は眼中になし。ぶっ殺すしかねぇだろう」と凄い剣幕だった。
 アパッチというと冬木さんの流れを汲むエンターテインメント・プロレスのイメージがあるが、今の流れにはエンターテインメントは皆無。今、そこにあるのは純プロレスVSデスマッチ、VSメジャー(WEW王者・真壁)という2本の大きなテーマなのだ。

ノアの航路に異変あり

  昨日の日本武道館はノアにとって重要な分岐点的大会だった。1階席の一部にシートがかけられ、超満員とはならなかったのは初。三沢VS佐野のGHC戦は地味なカードだが、敢えてこれで勝負したところに意味がある。昨年から若い世代が急激に台頭する中でのベテラン同士のタイトルマッチ。「若い人間が頑張っているから、逆に頑張らなければいけない。手を抜けない」というメッセージなのだ。
 そして今回は、今後に向かっての種まきの意味もある大会だった。丸藤とCIMAが初めて絡んだことでノアとドラゴンゲートが本格的に開戦。丸藤は「CIMAも、他の2人(横須賀享、ドラゴンキッド)も素晴らしい。CIMAはフィーリングが合う選手ですよ。“ノアは美味しかっただろうが。もっとノアを食したいなら、どんどん来い”って言いたいですね」と、ドラゴンゲートとの戦いに大乗り気。5・12新宿FACEのマッスル・アウトローズ自主興行では土井&吉野が鼓太郎&マルビンのGHCジュニア・タッグ王座に挑戦するだけに、ここからも火種が生まれるかもしれない。
 そして高山&杉浦相手にGHCタッグ初防衛を果たした秋山&力皇に挑戦の名乗りを上げたのがTAKAみちのく。ブキャナン、ディーロ・ブラウン、KAZMAを率いて、あのRODを再結成することを宣言した。これによってTAKAと全日本の関係がどうなるのかは、現時点ではわからない。ただ、全日本中継の解説者としてRODを見続けてきた私は、TAKAが「WE ARE ROD!ブイヤーッ!」と叫ぶ声を見た時に単純にシビレてしまった。もし、TAKAが全日本マットでやったように、ノアの外国人勢をまとめ上げる立場になったら、ノアのリング上の風景もガラリと変わると思う。
 何かノアが変わっていく。そう感じられた今回の日本武道館だった。最後に、今大会のMVPは杉浦貴。秋山のシビアな攻め、力皇の重い攻めと互角以上の戦いをやった杉浦に送られた声援が、この日、一番熱く、大きかった。潜在能力は抜群の選手だけに、ここからの大化けに期待したい。

アジアンな日々

  一昨日、昨日と我が家はアジアンな日々だった。
 まず一昨日。4月頭に妻チエコとハワイに行った静岡の叔母ミチヨ(ハワイコールズ参照)から、肉がどっさりと届いた。ということで、今月28日に59歳にして初めて韓国に旅立つマサヤさんご夫妻(我がマンションの大家さん)を招いて、予行演習とばかりに焼肉パーティーだ。日付が変わる頃には、昨年5月に札幌に転勤したマサヤさんの次男ユースケ君も乱入。出張で東京に出てきたらしい。
 それにしても若いっていいね。ユースケ君は31歳(多分)。「いやあ、朝一番で仙台に行くから大丈夫ですよ!」と朝5時過ぎまで平気で飲み、実家でシャワーを浴びると、寝ないで仙台へ行ったようだ。きっと新幹線の中で爆睡すれば大丈夫なのだろう。このスタミナ…天龍さんたち、あるいはLLPW勢と朝まで平気で飲んでいた昔の私のようである。
 そして昨日。ユースケ君の乱入によって、すっかりペースが乱された私たち夫婦は、フラフラの状態で13時半に有楽町マリオンの朝日ホールへ。申し込んでおいたマレーシア・ロングステイ・セミナーに参加するためだ。
 マレーシアのランカウイ島は、我々夫婦にとってハワイと同じく大切な場所。ワイキキは物価が日本と同じくらい高いが、マレーシアだと3分の1くらい。加えてマレー系、中国系、インド系の人たちが宗教を越えて暮らしている国だから他民族に寛容で、特にマレー系の人はのんびりしている。「いずれ、ランカウイでのんびり暮らすのもいいかもねー」などと言っていたので、いいチャンスだからセミナーに参加してみた次第。
 行ってみると、会場はギッチリ。「こんなにマレーシアに住むことを考えている人がいるの??」というくらいの人。そして年齢層は高い。「皆さん、立派に働きました。これからの第2の人生はマレーシアで有意義な時間を…」なんて言われても、こっちはピンとこない。何か場違いなところに来てしまったか…。特に目新しい情報はなし。ゲストとして、昨年暮れにTV番組でペナンに滞在したという萩原流行夫妻のトークショーがあり、“ナマ萩原”を見ることができたのが収穫か(話の内容は無し)。結論は「行きたい時に旅行で行けばいいや!」だ。
 夜は近所にオープンしたインド料理屋へ。前日まで店のペンキを塗っているような状態だったから、他人事ながら「間に合うのかな?」と心配したが、ちゃんと店を開けたから立派。
 有楽町マリオンに行く前に店の前でオープン記念の割引券を配っていたので、
「昨日の夜までペンキ塗ってたでしょ。よく間に合いましたね」
 と声をかけると、
「ダイジョーブ!カレーの中にはペンキが入ってないから来てねー!」
 このゆるーい感じは嫌いじゃない。
 チキン・サグ(チキンとほうれん草のカレー)、プラウン・ミックス(エビと野菜のカレー)、ナン、シーク・カバブに生ビールをオーダー。おお、うまいではないか。このお店は夜12時までオープン。近所には遅くまでやっている店があまりないからありがたい。ぜひ、根付いてほしいものだ。
 

ハマりそう…?

  あいにく21日の大阪『ハッスル22』は行けなかったが、昨日の『S-ARENA』でさわりだけ見た感じでは面白そうだった。メインは天龍&川田とHG&RGのタッグ激突。龍明砲VSお笑い芸人という、昔だったら考えられないカードだが、天龍と川田がRGをボコボコにする場面はソソられた。天龍がモロにグーパンチを入れているのである。
 それにしてもRGは魅力的だ。川田のアトミック・ドロップで吹っ飛ぶさまは、まるでストーンコールドにスタナーを食らったシェイン・マクマホンのようだったし、必死の形相で天龍に向かっていく姿は拍手したくなる。虚実ゴチャ混ぜのハッスルの世界にあって、RGが体を張っているのは紛れもない真実なのだ。
 それにより一層のリアリティーを持たせるのが天龍、川田のシビアな攻め。これで適当にやったら、単なる余興に終わってしまう。やる以上は徹底的にやるしかない。今のハッスルには天龍、川田、そしてシンといった、レスラーの凄味を持つ人間が必要。それによってバラエティの部分も光るのである。
 19日に後楽園で行なわれた『ハッスル・ハウス23』を久々に見て以来、この不思議なファイティング・オペラにハマりそうな自分がいる…。
 

赤鬼33年!

 昨日の後楽園ホールにおける全日本プロレス『2007HOLD OUT TOUR』開幕戦で“赤鬼”渕正信がデビューから丸33年を迎えた。デビュー戦は1974年4月22日、徳島・阿波池田四国電力横広場での大仁田厚戦である。
 私にとって渕さんは、この業界に入って1年ちょっとで親しくさせてもらったレスラーだ。大学に在籍しながらゴングの編集&取材に携わっていた81年8月、すべて自費だが、取材した材料は必要に応じてゴング編集部が買い取ってくれるという約束で、私は3週間のアメリカ・プロレス旅行をした。ルイジアナ州バートンルージ、フロリダ州マイアミ、フロリダ州ウェストパームビーチ、ミズーリ州セントルイス、ジョージア州アトランタ、フロリダ州タンパ、テキサス州ヒューストン、テキサス州サンアントニオ、テキサス州ダラスの取材&観戦旅行を経て、テネシー州ナッシュビルで出会ったのがマサ・フチ&ミスター・オオニタのコンビ。グレイハウンド・バスのバス・ディッポまで迎えにきてくれた渕さんは頭も眉毛も剃り上げた怪しい風貌で、まるでウルトラマンだった。
「いやあ、髪切りマッチで負けちゃってさあ。でも、髪切りマッチをやるとギャラがいいんだよ!」
 当時、渕&大仁田のコンビはトージョー・ヤマモトをマネージャーにAWA南部タッグ王者に君臨していた。ファイト・マネーは1週1200ドルと言っていたように記憶している。もう26年も前の話だから…私は19歳、渕さんは27歳、ちなみに大仁田さんは23歳だった。ウーン、みんな若い!
「夢はね、ファイト・マネーを貯めてAWAのバーン・ガニアのキャンプに入ることか、カール・ゴッチさんの家を訪ねて指導してもらうことなんだよ」
「今はヒールだけど、俺は必ず先発で出るんだ。先発だと、最初はレスリングから始まるから」
「俺は体が小さいからジュニア・ヘビー級ということになるんだろうけど、ヘビー級に通用するジュニア・ヘビー級になりたいね。ダニー・ホッジのように」
 20代の渕青年はそんな風に夢を語ってくれた。実際、ゴッチの指導はフロリダに転戦した際に受けることができたわけだ。
「同じ会社に33年いられたってことは幸せだよ。辞めろって言われないように頑張らないと」
 そう、ここからどういうレスラー人生を送るかが重要。最近のジジイ・キャラも悪くはないが、その中にチラリと“鬼の部分”を覗かせて、昭和を生きたレスラーとしてプロレス文化を若い世代に伝えていってほしい。
 

ファイティング・オペラ

 昨日は昨年11月23日の『ハッスルマニア2006』以来、5ヵ月振りに後楽園でナマ・ハッスル。ハッスルの取材はリング上を見るのみで観客と同じ立場。控室に入れないし、コメントも取れない。WWEと同じだ。
 印象に残っていることを書き連ねると…まず、オープニングでは総統代行のモンスターK川田が『千の風になって』を熱唱。昔から川田はカラオケが大好きだし、歌がうまい。特に高音が伸びる。天龍同盟の試合後の飲み会で天龍さんに「歌わんかい!」と命じられて『みちのくひとり旅』を熱唱していたのを思い出した。
 バンザイ・チエとシングルを行なったセレブ小川の憎まれぶりは本物だ。ヒールというより、ナチュラルな嫌悪感。お客はブーイングを飛ばすのではなく、引いてしまうのだ。そしてセールス・ポイントはショッパイということ。嫌悪され、さらにショッパイと言われたら救い難いが、それをウリにする小川はある意味で凄い。吹っ切れている。このキャラがどういう方向に向かうのか…。
 嬉しかったのはタイガー・ジェット・シンが63歳になった今もなお、昔と変わらぬ狂虎ぶりを見せていたこと。全盛期を知らないであろうお客さんをシンがマジでビビらせているのは快感だ(苦笑)。何しろ、シンは本当に怖いレスラーだった。リングを降りても狂虎を演じていたから、私も控室、記者会見場、挙句は偶然、同宿になったホテルでも殴られた。地方巡業で試合後に道でパッタリ会った時も「ハタリハタマタ!」と凄まれたものだ。どうしても笑いの部分が強調されるハッスルにあって、本当の恐怖を観客に感じさせるシンの存在は貴重である。
 メインは天龍&川田&TAJIRIと大谷&KUSHIDA&RGの6人タッグ。モンスター軍VS旧ハッスル軍という図式の中ではあっても、見せるべきところはキチッと見せていたと思うが、本当ならまだまだできるはず。ハッキリ言って食い足りなかった。腹一杯にさせてほしいとは言わないが、せめてプロレスだけで腹八分にはさせてほしいものだ。
 だが、RGがブレイクしているのはわかる。『ハッスルマニア2006』で鈴木みのるに苛められている姿も大したものだと思ったが、前回の後楽園ではシンに血だるまにされたし、さらに天龍&川田と絡むなんて、よほどの覚悟がないとできないはず。RGなりの真剣なプロレスへのアプローチは感心する。RG人気には見る側の「どんなにひどい仕打ちを受けるんだろう?」という残酷な興味&RGの芸人魂への賞賛という2つの気持ちがあるのではないか。
 さて、例によって「ハッスルとは何か?」という問題になってしまう。これを完全にプロレス的視点で捉えるのは無理だ。純粋なプロレスではないし、純粋なバラエティ・ショーでもない。これはプロレス的要素もバラエティの要素もある新しいエンターテインメントと考えるのが一番、落ち着く。プロレスと名乗らず、ファイティング・オペラと名乗っているのだから、これは素直に新しいエンターテインメント=ファイティング・オペラとして楽しめばいいのだ。
 平日にもかかわらず2100人(超満員)の観客が集まった。客層はスーツ姿の男性、若い女性が目立った。彼らは、お笑いの部分で笑い、プロレスの部分で「おおっ!」と声を上げる。そして幸福そうな顔で家路につく。後楽園ホールはファイティング・オペラという、日常を忘れさせてくれる空間だった。
 ただ、プロレス的な立場から見ると、ひとつ足りない要素があった。それは感動。笑いもいい、恐怖もいい、驚きもいい、でも最後には感動したい。きっとプロレスを見る人が今一番求めているのは、純粋な感動だと思う。どんなに面白おかしい要素を盛り込んでも、最後に感動できたら…それが最高のエンターテインメントだと思うのだが…。

ナチョ・リブレ

 昨年6月、ハワイに行っている時のこと、やたらとテレビでスポットCMが流れていたのが『ナチョ・リブレ』。小太りの髭の男がマントをつけてルチャをやっているシーンが印象的だった。日本では昨秋に公開されたが、なかなか観るチャンスがなく、ようやくDVDを借りてきた。
 話は単純。修道院で育てられたイグナシオ(ジャック・ブラック)が孤児たちに御飯を食べさせるためにルチャドールのナチョとなって、エストレージャのラムセスと戦うというもの。やはり注目はルチャのファイト場面だ。何となくミル・マスカラスを思い起こさせるラムセスは現役のルチャドール。キャストを見るとセサール・ゴンザレスとなっている。セサール・ゴンザレスということは…シルバー・キング! どうりでいい体をしているし、動きもよかった。
 この『ナチョ・リブレ』はファイト・マネーで孤児院を経営していた実在のルチャドール、フライ・トルメンタをモチーフにしたもの。この映画を観て自然と思い出したのは、12年前に会ったトルメンタのことだ。
 時は95年2月。当時、私は週刊ゴングの編集長になったばかりで、4月2日に東京ドームで開催されるベースボール・マガジン社主催の『夢の懸け橋』に反対の立場を取り、同日に後楽園ホールで行われるWARの『阪神大震災チャリティ興行』を支持していた。そんな私にTAMA拳心館の長瀬正和氏から「トルメンタにチャリティ興行の話をしたら、ぜひ参加したいと言っています」という連絡が来たのだ。
 私とWARの武井正智社長、海野宏之レフェリーはトルメンタが出場するという東京・練馬区のIWAホールでの私設孤児院のチャリティ・イベントを観に行った。その時、トルメンタはすでに50歳。ルチャドールとしても二流の域を出ないが、それでもコーナー最上段からのプランチャなど、懸命なファイトを見せてくれた。試合後に控室に訪ねると「4月2日は被災者のために全力でファイトしますよ」と柔和な笑顔で語り、メキシコの民芸品をプレゼントしてくれたことを記憶している。
 トルメンタは4・2後楽園のオープニングマッチを受け持ってくれた。この日がデビューのトルメンタ・ジュニアとタッグを組んでチャカール、ボーイ・デンジャーと対戦。ジュニア、チャカール、デンジャーはトルメンタの孤児院で育てられた選手。トルメンタは“息子たち”に囲まれて、楽しそうにファイトしていた。今、メキシコで人気が爆発しているミスティコもトルメンタの孤児院で育った選手だ。
『ナチョ・リブレ』を観て、今さらながら、トルメンタという人物に少しでも関われてよかったと思っている。

CIMAが栓を抜いた!

 相変わらずドラゴンゲートは活況を呈している。昨日の後楽園ホールも超満員だった。それまで独自の価値観で活動していたドラゴンゲートが昨年下半期から新日本などの他団体と積極的に関わりを持ち始めたことで「ドラゴンゲート独自の世界がなし崩しになってしまうのではないか?」とも思ったが、それはいらぬ心配だった。
 他団体との対抗戦とは別にドラゴンゲートは独自の路線をしっかりと敷いている。タイフーンとマッスル・アウトローズの図式にとどまらず、ROHで活躍していたSHINGO(鷹木信悟)、B×Bハルク、サイバー・コングの新世代3人が新ユニット結成を宣言。またまた新局面を迎える。
 昨日の試合は、セミのタイフーンVSアウトローズのなにわ式イリミネーションも面白かったが、その後のメインのライガーに望月が挑戦したドリームゲート戦がセミとはまったく違うカラーの試合だったことに感心。セミはノンストップのいかにもドラゲーらしい試合だったが、メインは望月がライガーの左腕を、ライガーが望月の左足を狙う重厚な展開。それでいて若いドラゲー・ファンを引っ張るスリリングなファイトをやってのけたのだから大したものだと思う。
 さて、今後の注目はやはりCIMA。ライガーへの挑戦を正式に表明したのだ。そして目前には4月28日のノア日本武道館での丸藤とのタッグ対決がある。ノア、新日本との戦いに打って出たCIMAは、
「今年でデビュー10年…19歳でデビューして29歳になった。若いわけがない。若い鷹木たちにジェラシーを感じたし、ライガーVS望月への大歓声にもジェラシーを感じた。新日本のライガーにも、ノアの丸藤にも、この俺がドラゴンゲートここにありを見せる!」
 と宣言した。
 人の人生はそれぞれだ。CIMAと一緒にメキシコに渡ったSUWAは10年を区切りに5月12日をもってリングを降りる。逆にCIMAは、これまで10年間培ってきたものをメジャーと言われる団体、選手にぶつけようとしている。思えば、7年前の2000年4月、CIMAは第3回スーパーJカップ決勝でライガーに敗れた。あの一戦はCIMAのキャリア不足を露呈した試合。勢いだけではトップに立てないということをライガーが示した戦いだった。試合後、肩を落として涙にくれるCIMAの姿を思い出す。
 だが、今のCIMAは違う。堂々たるドラゴンゲートの顔だ。以前、長州はよくレスラーをワインに例えて「飲み頃になった時にポンと栓を抜いてやるのが大切。俺もいいタイミングで猪木さんに栓を抜かれた」と言っていたが、今まさにCIMAは熟成させたワインの栓を自ら抜いた。 

坂田の中の真実

 昨日は3月19日以来、約1ヵ月ぶりの『S-ARENA』。ゲストはハッスルの元GM坂田亘だった。坂田と話をするのは、彼がリングス時代に新宿の飲み屋で偶然会って以来だから、随分と久しぶりである。
 ハッスルの話題は難しい。作り込まれたストーリーラインに沿って進行しているから、虚実入り混じっているのである。今、ハッスルのリング上は揺れている。髙田総統がDSEからハッスルを買収して実権を握り、それまでGM職にあった坂田は平社員に降格。リング上の図式も小川とTAJIRIがハッスル軍からモンスター軍に寝返ってハッスル軍は壊滅状態に。平社員にされた坂田は、一度はその現実を甘んじて受け入れたものの、髙田総統の横暴なやり方に反旗を翻し、ハッスル軍とは別の形で孤高の坂田軍団としてモンスター軍に対抗している。というのが現状のストーリー。
 これを大真面目に坂田に聞いても仕方がない。ただ、ひとつ事実なのは、坂田がハッスルというものに愛着を持ち、これからどうしていったらいいのかを模索しているということ。昨年11月23日の横浜アリーナにおける『ハッスルマニア2006』のリング上からGMとして挨拶した時の、
「いろいろ困難なことが多かった今年の方が感慨深いものがあります」
 という言葉にも実感がこもっていた。
 かつてはリングスでファイトした坂田が今、他のリングには目もくれずにハッスルに専念している。それがどんなものかはハッキリとはわからないが、坂田には坂田なりの理想のハッスル像があるのだろう。4・19後楽園、4・21大阪を経て、5月にはストーリーラインがしっかりしてくるはず。19日には久々にハッスルをナマで観ようと思う。

冬木弘道を受け継ぐ者

 昨日は新木場でアパッチプロレスの興行。関本大介と橋本友彦の一騎打ちは真っ向勝負のいい試合だったし、葛西とウインガー、かつては赤レンジャーズとしてタッグを組んでいた佐々木貴とGENTAROの抗争という新局面が生まれた。
 メインではマンモス佐々木が真壁刀義のWEW王座に2度目の挑戦。アパッチ・ファンを煽りながら王座防衛に成功した真壁は本当にノリにノッている感じ。新日本とアパッチの両極端に位置するリングを本当に楽しんでいる。
「今、アパッチの興行を支えているのは貴軍団と俺だよ。これが現実だ!お前ら、外様が締め括って、それでいいのか!? どう頑張ったって底力が違うんだよ。プロレスは内容だ? そんなのは負け犬の遠吠えだ。結果がすべてなんだよ。俺がチャンピオンなんだから上からモノを言わせてもらう。次が最後の最後だ。2~3ヵ月、時間くれてやるよ。少しだけ準備期間をやるよ。その間にせいぜい鍛えて来いよ。次で終わり。完全に終わり。WEWのベルトは俺のお飾り、俺のアイテムにしてやるよ!」
 と、真壁は相変わらず舌好調。ただ、この一戦を持って終結宣言をせず、2~3ヵ月の猶予を設けたということは、真壁自身、このアパッチのリングに魅せられ、またやり甲斐を感じている証拠。
「2回やって2回負けて…凄く悔しいけど、嬉しい。大仁田さんも金村さんも敗北の歴史。ここから這い上がってみせます。真壁は俺の獲物です!」と雪辱を誓ったマンモスに期待だ。
 さて、いろいろ話題があったアパッチ興行だが、私にとって一番インパクトがあったのはHⅰ69相手にガッチガチのファイトをやってのけた金村だ。この日の金村のファイトに遊びの部分はなし。思わず客席から「ひどい!」という声が上がった受け身の取れないモーションの小さなデスバレーボム、そして強引なキン肉バスター。試合後、なおも食い下がるHⅰ69の顔面にグーパンチを何発も叩き込んでKOしてしまった。
 金村が見せたのは、アパッチのお楽しみの部分をすべて削ぎ落とした姿ではなかったか。冬木弘道のエンターテインメント・プロレスを受け継ぐ金村だが、その根底にあるのは「プロレスは闘いである」という信念。実は冬木さんもそうだった。冬木さんはメジャーに対抗するために、どういう方法でもいいからファンの足を会場に運ばせるエンターテインメントを打ち出したが、それは手段であって、リング上に関してはシビアだった。少なくともビッグマッチにおける試合は真っ当なファイトで勝負していた。そこには「どう楽しんだっていいけど、プロレスを舐めちゃいけないよ」という頑固な気持ちがあった。
 敢えてガッチガチのファイトをやってのけた金村は、やはり冬木さんの正統な後継者だと感じた。