ゴング休刊について

 本日発売の第1168号をもって週刊ゴングは休刊になった。私の気持ちは本の中で書いてある通りだ。今、それ以上、書くべきことはない。
 ただ、3月1日のダイアリーで“ゴング廃刊”を否定したことについては説明しておかなければいけないとは思っている。あの日、ネット上で“ゴング廃刊”が出回った。確定として記事にしているところもあった。当時の状況は、日本スポーツ出版社内がゴタゴタしていて、日毎に状況が変わって先が読めないというのが現実だった。ただ、改めて記しておきたいのは2月27日に廃刊が決定したというのは明らかな間違い。あの日の夜、週刊ゴングを続行するか、しないかという議論になったのは事実だが、そこで決定したのは“廃刊”ではなくて“続行”だった。私は“2週間分の仕事のオファーを受けている”とダイアリーで書いたが、つまり「その先はどうなるかはわからないが、とりあえず2週は必ず出すから、手伝ってもらえないか?」という話を受けたのだ。
 当時、新社長の内田氏、販売部の平川君などが資金繰りに奔走していた。そこに無責任な“廃刊決定”の記事。これを既成事実にされてしまったら、決まりかけていた融資の話が壊れる危険性もある。内田氏や平川君の努力が無駄になってしまう。だから、社員でもないのに僭越だとは思ったが、あのような表現で廃刊を否定させてもらった。本当のところはカウント2・9のプロレスがどこまで続くかという状態だった。私のダイアリーで裏切られたと思った方がいたとしたら、ここでお詫びします。

クレイジーMAXの気持ちに拍手

 昨日は後楽園ホールでSUWAの国内引退試合。最大のドラマはCIMA、フジイが来場したことで実現したクレイジーMAXの復活である。
 この3人は10年前の97年4月2日、闘龍門一期生として一緒にメキシコに渡り、約1ヵ月後の5月11日にアレナ・ナウカルパンで同時デビューを果たした。SUWAとフジイはデビュー戦を戦った間柄だ。そして3人でクレイジーMAXなるユニットを組んで闘龍門で一時代を築いた。
 だが、周囲の状況は彼らに別々の道を歩ませる。04年8月、SUWAは闘龍門が新会社ドラゴンゲートに変わったことによってフリーの道を選択したのである。
 SUWAの心の内は複雑だ。正月にインタビューした時にドラゴンゲート=昔の団体、クレイジーMAX=あのユニットと表現して、決して名前を口にしなかった。頑固者のSUWAにはフリーを選択したことは間違いではないという意地があったのだ。過去を完全に切り捨てていたのである。
 その複雑な感情は、ファンの勝手な思い入れなど、入る余地がないようにも思えた。
 そんな中でのCIMA、フジイの来場。彼らの行動は勇気あるものだったと思う。もし、門前払いにでもされたら立場がないのだ。でも、彼らは来た。 そして、どうあれSUWAはこれを受け入れた。
 これですべてが氷解したわけではないだろうが、ファンが望んでいたクレイジーMAX勢揃いを実現させた彼らの気持ちに拍手を送りたい。やっぱり彼らはプロフェッショナルだと思う。

後楽園三昧

 今週は後楽園の試合が目白押し。6日の新日本35周年興行については書いたが、7日はリアルジャパン、昨日の8日にはゼロワンMAXの興行があった。
 リアルジャパンをナマで観たのは初めて。2代目スーパータイガーのデビュー戦は来週発売の週刊ゴングで書くので、ここではメインの初代タイガー&折原VS鈴木みのる&飯伏について書きたい。
 どこのリングに立っても、鈴木みのるは鈴木みのるだった。そして初代タイガーとみのるは意外にマッチしている。なぜなら2人ともアドリブの天才だからだ。お約束の攻防はなし。みのるがサーフボードに取ったところで初代タイガーのカンガルーキックが爆発すると思いきや、みのるは初代タイガーの背中に足を乗せて、さり気なく阻止。そうした何気ない攻防も面白かった。そのあたりを試合後に聞くと、
「だって両腕を取ったら、肩をゆすってポジションを取りに来たからわかるよ。そんなもん、俺はやらせないよ、ヘッヘッ!」
 と、みのる。そして例によって毒ガスを噴射。
「とにかく俺が佐山の野郎に求めてんのはひとつだけ。“むか~し、むかし、ある怖い虎がいました”って昔話を知ってんだよ。俺が相手してえのは猫じゃないんだ。ブクブク太りやがって、今日は座敷猫じゃねぇか。“もう1回やれ”だと? おめえはフラレたんだよ、売れっ子に。もう1回振り向かせたいなら、俺と交際を始めたいなら、何で振り向かせる? 力でしか俺は振り向かねぇぞ!」。
 といいつつも、実はみのるは佐山タイガーに興味津々だったりして。ちなみにこの日の初代タイガーが飯伏に決めたジャーマンは、あのD・キッドとのデビュー戦を彷彿とさせる落差があって、かつ柔軟なブリッジだった。
 昨日のゼロワンMAXでのベストバウトは崔領二VS関本大介。真正面からガンガンぶつかり合うファイトは観ていて気持ちがいいし、客席からの声援が止むことがなかった。崔は何となく若手の頃の前田日明の匂いがするし、関本は今、インディーの中で光っている旬な男。そうそう、以前、関本に、
「小佐野さんが編集長の頃、ボク、週刊ゴングの愛読者だったんですよ!」
 と言われたのは嬉しかったなあ。
 ということで、今週の締めは11日のSUWA FINAL。常にいろいろなことを考えているSUWAのこと、あっちこっちに趣向を凝らしてくるんだろうなあ。楽しみだ!

35周年

 昨日3月6日は新日本プロレスの旗揚げ記念日。新日本は35年前の1972年3月6日、大田区体育館で旗揚げした。本来なら、同じ大田区体育館で記念大会をするべきだろうが、現実問題を考えると平日に大田区での試合は興行的に厳しい。後楽園ホールになったのはやむを得ないところだ。
 試合開始前には観客にスパーリングを見せ、坂口征二、山本小鉄、星野勘太郎の表彰。第1試合では山本小鉄がレフェリーをやり、休憩前にはドン荒川がプチシルマ体操。ジュニア8人タッグではレフェリーを務めた小林邦昭が試合後にクレームをつけてきたライガーをフィッシャーマンズ・スープレックスで叩きつけるなど、記念大会の要素が盛り込まれていたが、実際には35年記念大会の色は薄かった。
 創始者のアントニオ猪木が不在、藤波や武藤、前田といった35年の歴史の中で外せないレスラーがゴッソリ抜けていたからだ。でも、それも新日本の波乱の歴史を証明するものである。
 重要なのは郷愁に浸るよりも、明日につながる試合。私的には満足だった。裕次郎と平澤のゴツゴツした第1試合は新日本の原点だし、邪道&外道VS東郷&TAKAは巧者同士の戦いだからハズれるわけがない。ブラックとGBHの8人タッグはドタバタ感がありながらも、しっかりとそれぞれの持ち味が発揮されて、ちゃんと試合として成立した。個人的にはバーナード、ミラノがイキイキとファイトしているのが嬉しかった。バーナードとは全日本の解説者をしている関係で旧知の仲。久々に話をしたが、新日本での仕事をエンジョイしているのが伝わってきた。
 ジュニア8人タッグも普段の本隊とCTUの図式を崩したことからどうなるものかと思ったが、それぞれが見せ場をわかっているから好試合に。久々の“紅白ライガー”もいいものだ。メインの棚橋&中邑VS永田&中西は、タッグマッチという形式を抜きに、今現在の新日本のトップの力量を見せてくれたと思う。
 35年という月日の中で新日本は変わった。今のメンバーを見ると、まったく違う団体と言ってもいいかもしれない。だが、その精神はちゃんと受け継がれている。この日の試合を見て思ったのは、選手たちの力量、ボリューム感は他の団体とは違うものだということ。やはり新日本プロレスは業界の盟主だと私は思う。

ノアの実験

 昨日はノアの日本武道館大会。やっぱり現場取材は気持ちがいい。SWS分裂騒動の時の天龍さん、全日本分裂騒動の時の三沢は「リングにいる時が一番心休まる」というようなことを言っていたが、その気持ちがわかるような気がする。先週はゴング廃刊騒動でバタバタしていたからね。私がこうなのだから、当事者である編集長の木幡クンや清水さんたちはもっと大変だったと思う。
 さて、昨日のノアの5大シングルは5つの試合はすべてカラーが違った。ムシキング・テリーVSロッキー・ロメロはジュニアの空中戦、小川VSダグ・ウイリアムスは大技を抜きにしたチェーン・レスリングの攻防、秋山VSヨネは喧嘩腰のファイトで試合時間はノアらしからぬ5分弱。他の試合と差別化を図ろうとする秋山とヨネの感性が見事にマッチしていた。
 三沢VS杉浦は、怖い三沢が顔を出し、メインの森嶋とKENTAのROH世界戦は、前回の日本武道館でメインのプレッシャーに圧し潰された森嶋が汚名返上。怪物パワーを爆発させた。ただし、その怪物パワーを引っ張り出したのはKENTA。KENTAのハードヒッティングなファイトは森嶋から余裕、躊躇といった余計な感情を奪い、結果、森嶋のナチュラルな魅力が爆発したといっていい。その意味では昨日のMVPはKENTAだったと思う。
 ハッキリ言って、昨日の大会はカード的に大目玉はなかった。だが、こうしたカードでファンを惹きつけられなければノアの未来は見えない。ノアにとって実験であり、冒険だったと思うが、選手がいい結果を出してくれた。ここから、どういう段階につないでいくか。ノアの発展は日本マット界の不沈を握るだけに注視していきたい。

週刊ゴング廃刊って?

 今日は午前中から知り合いの編集者など多くの人から電話があった。みんな、週刊ゴングの行く末を心配したものばかり。日本スポーツ出版社の危機は今に始まったことではないし、「何で?」と逆に聞いてみたら「ネットに週刊ゴング廃刊とあっこっちに出ているから…」とのこと。
 どれどれと見てみたら驚いた。編集部員が全員解雇されて、3月7日売りの号で廃刊というのが“断定”で書かれているではないか!? なんじゃこりゃっていうのが私の正直な感想だ。
 それでも部外者の私が何かを書いたりしたら、余計な混乱を招くと思ってそのままにしていたら、いつもよりホームページへのアクセス数が多い。これは、やっぱり興味があるんだろうなということで、今、キーボードを叩いている次第。
 まあ、前田前社長の逮捕があったりして会社が混乱しているのは事実だが、廃刊が決定されたとされる2月27日の夜、私は週刊ゴングからとりあえず2週間分の仕事のオファーを受けている。7日売りもそうだし、もはや“ない!”と断定されている14日売りの号でも私が仕事をすることは決定事項。
 ジミー鈴木氏が、私が“日本スポーツ出版社、週刊ゴング編集部が心意気と誠意を見せてくれることを願うばかりである”と書いたことについて、それは金銭問題ではないかと書いていたが、ズバリ当たっている。今、私はフリーとして生計を立てている以上、ギャラの発生しない仕事はしない。それだったら仕事ではないから。
 いつだったか、あるタレントさんから、
「仕事はあくまでも仕事としてやらなくちゃ駄目だよ。ボクも親しい人から結婚式の司会を頼まれても絶対に友達値段でやることはない。必ず事務所通しにして正規のギャラを頂くようにしている。だって仕事だから。そういう線をハッキリしておかないと、いずれ自分自身を守れなくなるよ」
 と言われたことがある。なるほどなと思った。
 それこそ「フリーは金である」だ。でも「金だけじゃない」というのも事実だ。しょせん、人間は感情の動物だから金だけで割り切れないこともある。私の言葉の意味は、金銭問題もそうだが、プロレスファンに誠意と心意気を見せてほしいという意味も含まれるし、「絶対に会社を、ゴングを潰さない!」という心意気を私自身に見せてほしいという意味など、様々な想いが込められている。それがあれば、諸々の問題はのちのちにクリアーするとして、私は「そこにいる」ということだ。