8年の月日

 今日1月31日はジャイアント馬場さんの命日である。馬場さんが亡くなって8年が過ぎてしまった。アッという間の8年だったが、それでもいろいろなことがあった。99年6月に全日本プロレスが分裂し、天龍さんが10年ぶりに全日本に戻って再び去り、川田もフリーになった。そして今はまったく新しい武藤・全日本になっている。
 私的なことを書かせてもらえば、私を取り巻く状況も随分と変わった。99年1月5日に週刊ゴング編集長から日本スポーツの編集企画室長になり、初めて手掛けた増刊号が馬場さんの追悼号だった。鶴田さんの追悼号、冬木さんの追悼号も作ることになった。かつて全日本プロレス担当記者だった私は、そこに運命の巡り合わせを感じたものである。その後、執行役員になったが、04年9月に退社して、今はフリーとして活動している。少なくとも8年前には自分が会社を辞めてフリーになるとは想像もしていなかった。ハッキリ言って予定外の行動である。
 そうやって8年が過ぎても馬場さんの思い出は風化しない。そして風化させたくないからこそ、今週号の週刊ゴングで馬場さんの追善メモリアル企画を作らせてもらった。
 私が大好きな馬場さんの言葉は「プロレスとは面白いもんなんや、楽しいもんなんや」と「本当のプロレスラーというのはな、スタイルも何も関係ない。タイツとリングシューズがあれば、どんな国に言っても仕事ができる。みんなにそういうレスラーになってほしいんや」の2つである。
 私は屁理屈をこねくりまわすプロレスは好きじゃない。だが“プロレスは面白い、楽しい”ということを少しでも伝えられたらと、今後もこの仕事をしていくだろう。それが“馬場学校”卒業生の務めだとも思う。

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