思い出のホテル

 今日、東京千代田区永田町のキャピトル東急ホテルがその歴史にピリオドを打った。私にとっては本当に思い出深いホテルである。
 残念ながらヒルトンホテルだった時代は知らない。私が初めてこのホテルに行ったのは、ヒルトンからキャピトルに経営が変わって1年半あまり経った84年の夏頃だったと思う。後楽園で馬場さんのサイン会があり、その取材の帰りに馬場さんと元子さんから「一緒に御飯を食べよう」と初めてお誘いを受けた時だった。全日本の新入社員だった三井クン(現在はノア)と2人で緊張して『オリガミ』の席についた。「好きなものを注文しろ」と馬場さんは言うが、メニューを見てビックリ。とにかく高い。高いものは頼めないし、一番安いものを頼むのもアレだと思い、チキンカレーを注文したと思う。
 それ以後、私は馬場さんの取材のたびにこのホテルに通った。このホテルは馬場さんの庭だった。G・BABAと刻印された専用のマッチがあるのにも驚かされたし、『オリガミ』は洋食レストランなのに、馬場さんが「天ぷら定食が食べたいなあ」と言うと、ちゃんと天ぷらが出てきた。
 私も随分慣れて、カレーから卒業してパーコーメンやインドネシア風フライドライス(ナシゴレン)を注文するようになったし、馬場さんをつかまえなければいけない時には『オリガミ』の馬場さん係のウエイターさんに「今日、馬場さんは来てますか?」と電話したものである。馬場さんが好きだったのはチーズバーガー&チリ・スープ、そしてアイス抹茶。『オリガミ』の他にもお寿司屋さん、中華レストランにも連れて行ってもらった。そして、私は馬場さんからキャピトル東急ホテルでホテルでのマナーを教わったのである。
 馬場さんが海外から帰ってくると、ロビー・ラウンジで私、東スポの川野辺さん、デイリースポーツの宮本さん、日刊スポーツの川副さんがお出迎えし、面白い話が聞けるまで粘ったなあ。一度、腰を落ち着けたら馬場さんが「帰る」と言うまで我々も帰れない。元子さんに向かって「かあちゃん、そろそろ帰るか!」と言うと、いつもホッとしたものだ。
 馬場さんに最後にインタビューしたのもキャピトル東急ホテルのロビー・ラウンジ。98年5月3日…全日本初の東京ドーム興行を終え、ハワイに発つ当日のことだった。
 最後に行ったのは、今年の馬場さんの命日(1月31日)。元子さんが「今年でキャピトルも閉館だから」と開いたささやかな宴だった。
 何かとりとめもないことを書いてしまったが、このホテルは私を新人記者時代にタイムスリップさせてくれる初心に戻れる大切な場所。建物はなくなってしまっても、ずっと心に収めておきたい。

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