あれから1年

 昨日はノアの京都大会から帰京し、夜はサムライTVの『S-ARENA』に出演。『NEWS侍!』から衣替えして、スタジオのセットも違う。黒のバックにリングのディスプレイで、ちょっとアダルトチックな感じだ。もっとも放送が始まってしまえば、ノリは以前と同じなのだが…。
 昨日のニュースで引いたのは、新日本の岐阜大会で橋本の追悼10カウント・ゴングの後に蝶野がマイクを掴んで「何でこの場にサイモン猪木がいない!」とアジッた場面を見た時。
 これは違うだろう。何だか開幕戦から蝶野VSサイモンの図式ができつつあるが、橋本を巻き込んでほしくない。ノアがリング上のことについて、ことさら小橋を持ち出さないのに対して、何か不純なものを感じてしまう。何でもかんでもゴッチャ混ぜにしてしまうが、新日本の昔からの悪いクセだ。
 今日は橋本真也の命日。ちょうど1年前、金沢クンと『NEWS侍!』に出たのが、つい最近のような気がする。月日が経つのは本当に早いと実感。どんなに時間の流れが速くても、橋本真也を風化させてはいけないし、利用してもいけない。

嵐、逮捕…。

 昨日は嬉しいニュースと悲しいニュースが相次いで入ってきた。嬉しいニュースは言うまでもなく、小橋の手術成功! 5時間半かかったというが心配された転移もなかったというし、一安心。この際だからジックリと休んでほしいと思う。秋山が言うように練習しちゃ駄目だよ!
 悲しいニュースは…嵐の大麻所持による現行犯逮捕だ。これは許されることではない。今、全日本はサンリオなど新しいスポンサーが付いている時期だけに及ぼすマイナス・イメージ計り知れない。そしてプロレス界に“薬物汚染”のイメージが付きかねないのだ。本当に馬鹿なことをしてくれたものである。
 でも、私が一番、悔しいのは「ああ、やっぱり嵐は駄目な男だったのか」とレッテルを貼られてしまうことだ。だって、タクちゃん、そうじゃないでしょ!? 全日本を夜逃げ同然に辞め、SWSに移籍したと思ったら金銭のルーズさで解雇。でも、WARに戻ってからは一生懸命やってたじゃないか。2000年夏、WAR軍を結成しようとしていた天龍さんに頼まれて電話した時に「えっ、俺、全日本に戻れるんですか!?」って大喜びして、戻ってからは顔面を骨折しても試合を休まずに天龍さん、渕さんを関心させたでしょう。全日本が経営難になった時は、自分のことよりも若い選手の生活を心配していたじゃないか。それが本当の姿のはずなのに…。
 どうあれ、今回のことは弁解の余地はない。それでも、そこには「どうして?」「でも…」という気持ちがある。タクちゃん、悲しいよ…。

風間ルミ様

 今日、風間ルミと久々に電話で話をした。あのアニメチックな声は健在だ!ルーちゃんは、私にとって昔からの飲み友達。WARの巡業先、東京では御徒町のいきつけの店で(時には三沢・全日本勢も交えて)、新宿では大酒飲みのGAMIやトッコちゃん(イーグル沢井)なんかと一緒に朝まで飲んでいた。今、思うと、よく体がぶっ壊れなかったと思う。若かったんだなー。
 私が週刊ゴングの編集長をしていた頃、ルーちゃんは業界初の女社長兼看板レスラーとして頑張っていた。何でもこなすバイタリティーは私のいい刺激になっていたものだ。もう現役を引退して3年になるが、そのバイタリティーは相変わらず。グラマー☆エンジェルスのコーチとして今でも受け身を取ったり練習しているというし、舞台やVシネマなどのタレント活動、リバウンドも凄いようだけど(笑)ダイエットにチャレンジしたり、写真集…はコメントできない(苦笑)。
 とにかく明るく前向きなのが全然、変わっていない。またまた元気をもらった気分だ。でも、ルーちゃん、ウチに来て、泣き上戸になったり吐いたりしないでね!(あれは何年前? 我が妻もビックリだった)

夏の放送席

 7月3日の大田区大会はGAORA『全日本プロレス中継』の収録だったが、古い体育館だけに冷房設備はなし。リングサイドの放送席は蒸し風呂状態だった。私は半袖のワイシャツにネクタイだったが、鍵野アナウンサーは長袖ワイシャツにジャケット。さすがにジャケットは着ないで放送席についた。しかも進行の都合で休憩なし! 6時開始の第0試合から9時過ぎまで、頭にはヘッドセットをつけて喋り続けるのだから、これはハードだ。
 どのくらい熱かったかというと…試合前に武藤が「こんなに熱くちゃ、お客さんも会場内に入ってこないよなあ。第0試合なんか、誰も見ないんじゃないの?」とボヤくほど。多分、リングサイドは35度ぐらいあったんじゃないかなあ。馬場さんがよく、昭和45年7月に旧・大阪府立体育館でドリー・ファンク・ジュニア相手にインター王座防衛戦をやった時のことを、
「あの時は熱くてなあ。多分、リング上は40度以上あったんじゃないかな。もう最後はヘトヘトで、心の中で“お母さん、助けてぇー!”って叫んでいたのを覚えているよ」
と言っていたことを思い出す。
 でも、好試合の連続で無事に私も鍵野アナも完走。試合後のビールがうまかった!

武藤敬司の想い…

 昨日は大田区体育館で全日本プロレスの最終戦。ケアが小島を下して三冠王座を奪取して、初防衛戦の相手に「カワダトシアキ」を指名。ジュニア・リーグはカズが勝彦を撃破して優勝、その他も健介がパワー・ウォリアーに扮したヤッシーと激突したり、武藤と鈴木みのるの初対決、VMとデーブー・マーダーズ(嵐&吉江&一生)の抗争、第1試合ではハヤブサがハヤブ・シートを呼び込んだりと、随所に話題が盛り込まれた大会だった。
 だが、武藤はこれに満足していない。試合前、久しぶりに武藤と話をしたが、
「満足…はねぇよな。プロレスって答えがないじゃん。今は面白いって言ってくれるかもしれないけど、その時その時のシチュエーションで評価は変わってくるし、何をすれば満足なのかはわかんねぇけど、常に何かを求めて新しい作品を作っていかないとさ。もしかしたら以前、W-1をやったのは勇み足だったかもしれないけど、あれだって俺にはプラスになっているし…」
 と、武藤。そんな武藤の心の中にあったのは橋本真也の存在だ。
「否応無しに今、俺とか蝶野が業界を引っ張っていかなきゃいけない状況だよね。プロレスがこんなデフレの中でさ。これって猪木さんや馬場さんの責任もあると思うぜ。ちゃんと後継者を作ってこなかったもんな。俺や蝶野は新たなスーパースターを作っていかなきゃいけないよね。あと本当だったら橋本…あいつが生きていたら、どんなプロレスを求めていたんだろうって考えちゃうよ、あいつが何を目指していたのか、あいつの理想は何だったのか。それは常に俺の頭の中にあるよ…」
 昨日は橋本の41歳の誕生日。会場の隅には橋本の遺影が飾られ、ビールと日本酒が供えられていた。武藤は今もなお、蝶野、そして橋本と共にプロレス界を歩んでいる。

みんなが小橋を信じている

今日はディファ有明でノアの7月シリーズの開幕戦。小橋の腎腫瘍判明によってどんな雰囲気になるのかと思ったが、レスラー&関係者は努めて明るく振舞っていた。
 私が喋ったのは秋山と高山。自身のブログで病気が発表された夜に小橋と食事したことを公表した秋山は、食事の最後にデザートが2つ出てきて、小橋が「これを食ったら肝臓に悪いよな」と言ったことや「体を動かしていないから、ストレスが溜まってかえって体に悪い」とぼやいていたことなどを笑顔で話してくれた。秋山は“鉄人・小橋建太”ではなく“素顔の小橋建太”を語ることがファンのためになると信じているのだ。
 高山は高山なりの言い回しで小橋にエールを送っていた。
「俺に対抗意識を燃やして重い病気になって…これでビッグ・カムバックしなかったら俺に負けたことになるから、絶対にリングに帰って来なくちゃ駄目だよ」「俺の復帰戦をフイにしやがって。こうなったら絶対にリングに戻して落とし前をつけさせるから」
荒っぽい言葉の中に高山の暖かさを感じた。
 試合もみんな張り切っていた。パートナーの多聞、同期の菊地、弟子の潮﨑のトリオは、明らかに小橋を背負っていたし、三沢と秋山は笑いも交えた明るいファイト。みんなが小橋を信じているからこその明るさなのだ。