22年!

 気付いたら週刊ゴングが創刊されてから22年が経った。84年5月10日に第1号が出たのだ。それにしても22年て結構長い。だって上戸彩も山田優も生まれていないのだ。蛯原友里は…4歳か。
 当時、私は22歳(この年の9月に23歳)。生きてきた人生の半分近くの時間を週刊ゴングで費やしてきたことになる。もっとも99年1月~04年9月までの4年8ヵ月は助っ人として手伝った程度だが。
 90年7月=副編集長→94年8月=編集長→99年1月=編集企画室長→02年11月=編集担当執行役員兼総合編集企画室長→04年9月~=フリー。ウーン、3~5年ぐらいの周期で何かあるわけか。まあ、22年も時間あれば、いろんなことがあって当然だ。今から22年経ったら、普通の会社員だったら定年を過ぎている。でも、勝手気ままな私には定年はない。というよりも、ずっと仕事を続けざるを得ない立場ってわけだ。この道を行けばどうなるものか…行けば、わかるさ!

午前様

 昨日のドラゴンゲート後楽園大会に新日本の海野レフェリーが訪れてWAR興行への協力を要請。岡村社長、マグナムTOKYOが全面協力を約束した。ドラゲーの関連会社ドラゴン・ファクトリーが会場の手内などを仕切るのだ。
「それってWARじゃなくて、ドラゲーの興行じゃん」という声も出そうだが心配は無用。リング上のことに関しては天龍さんと海野ちゃんがすべてを仕切る。マグナムも「あくまでも裏方ですから。僕は昔、WARで練習させていただいて、その時の空気も知っているし、昔のWARの色が出るようにお手伝いしたいですね」と言っていた。
 
 試合後は海野ちゃんと久々に飲みに行くことに。レフェリーとして新日本と契約していながらも、やっぱり海野ちゃんは天龍信者で、かつての天龍さんの試合後の飲み方を未だに踏襲している。新日本では“ひとり天龍同盟”と呼ばれているが、まさにその通り。WARの思い出話、来たるWAR興行などについて語らっていたら…いつの間にか朝5時じゃないか!

これにてオシマイ!

 昨日、ジミー鈴木氏のことを書いたら、2ちゃんねるで広がりを見せてしまい…まあ、想像していなかったわけではないが、予想以上だったので正直なところ「参ったなあ」という感じ。本当は私と鈴木は個人的な付き合いをしているわけだから書くこともないなと思っていたが、私のダイアリーにジミー鈴木氏についてのコメントが寄せられていたので、スルーするのも失礼だと思って敢えて書いただけのこと。個人的な話は電話をもらった時点で完結している。したがって、言うべきことがあったら、お互いに直接言えばいいのだから、もう今回の件については公に書くことはない。連続ドラマのようになっちゃっても困るので。ということで、これにてオシマイです。
 とりあえず、フリーというのは大変な立場だということ。会社員だったら有給や夏休みなどがあるし、毎月決まった給料がもらえる。だがフリーだと、1日休んだら、その分、稼ぎが減る。毎月決まった額が入るわけではないし、その社によってギャラの振込み日はバラバラ。今、私が抱えている仕事の中にも支払われるのは9月というものもある。だから月によって収入に20~30万円ぐらいの増減があるのは当たり前。普通の会社勤めで、もし給料が月に3万円も違ったら一大事でしょう。仮にレギュラーの仕事を持っていたとしても、打ち切りになれば、それまで。ジミーさんも週刊ゴングの仕事はある程度の額を計算できるものだっただろうから、それを打ち切ったのは大きなダメージだと思う。とにかくフリーには安定というものがないから、精神的にもハードなのだ。昔からの仲間として頑張ってほしいと思う。会う時は、いつもお互い笑顔でいたいものだ。そのためには私も頑張らなければいけない。
 ただ、フリーの場合「これで食っている!」という意識が強くなるから、ひとつひとつの仕事にやり甲斐とプライド、責任感が出来るのは確か。常に全力でいい仕事をしようとする。いい仕事が自分への評価につながり、そして次の仕事につながる。そして会社員ではないから仕事を選択できる。少々、ギャラが安くても、したい仕事ならするだろし、意に反するものだったら、どんなにギャラが高くてもやらない。下請けではなく、個人事業主として名前で食っているのだから当然である。それがプライドである。フリーは金である、けれども金だけじゃない。かつて会社人間だった私は、常に不安と緊張を抱えながらも、自分の責任で思い通りの行動ができる今の立場が好きだ。

様々な風説について

 ここ最近、週刊ゴング及び日本スポーツ出版社についての様々な噂が飛び交っているようだ。ジミー鈴木氏が週刊ゴングとの取引をやめたことについてや、心配だか皮肉だかわからない書き込みがBBSにあったりする。
 鈴木氏からは日本スポーツ出版社と決裂した翌日に電話があった。もちろんそこには様々な要素があるとは思うが、一言で言ってしまえばビジネス上の折り合いがつかなかったということだと思う。
 仕事を発注する側は1円でも安くしたい、仕事を受ける側は1円でも多く欲しい。これは当たり前のこと。私は1年半前までは日本スポーツ出版社の執行役員としてコストカッターの立場にいたこともあって、双方の気持ちがわかる。当時、私が心を砕いたのはフリーの人たちに、いかに決められたギャラで気持ちよく仕事をしてもらうかだった。よく「フリーの人間を使う」という言い方をするが、その意識でいたら、必ずトラブルに発展する。「仕事をお願いする」なのだ。そして受ける側も「仕事をやってやる」という気持ちでいたら、これまたトラブルの素。「ありがとうございます」の気持ちでいなければいけない。
 フリーの人間の立場からしたら、自分の価値は自分で守らなければいけないから、どうしても譲れない部分がある。仕事を発注する立場からしたら予算というものがある。そこで、どうお互いに折り合いをつけるかなのだ。今現在、私の場合は日本スポーツ出版社との間に折り合いがついているということ。これが崩れたら、仕事を受けない。それだけのことだ。
 
 鈴木氏に関して言えば、客観的に見れば週刊ゴングに必要な人材だと私は思うのだが。でもジミーさん、週刊ゴングの悪口は公言しちゃいけない。日本スポーツ出版社という会社に対してはいろいろあるだろうが、あなたの言葉が、別に喧嘩しているわけでもなく、人間的な付き合いも長い週刊ゴング編集部の人間にとってマイナスになっているのですよ。
 あと休刊云々という書き込みがBBSにあったが、これは「?」という感じ。一体、どこからそんな話が出てきているのか。今現在、私は会社を離れた人間として、経営面や週刊ゴングの編集方針について、求められる以外は口出ししないことにしており、会社の内情はまったく知らないというのが正直なところだが、休刊などという話はない。日本スポーツ出版社の基本は今も昔も週刊ゴングであり、あり得ない話である。
 それにしても、雑誌の内容だけでなく、その出版元の動向まで話題になるのがプロレス界。それだけファンの思い入れが強い世界だとつくづく思う。そこがまた面白いと、私も思ってはいるが。

19年ぶりの鬼怒川温泉

 今日は我が夫婦の9回目の結婚記念日。ところが夜は『NEWS!侍』の収録があって、帰宅したら日付が変わってしまうので、昨日から1泊で鬼怒川温泉へ。GW最終日、あいにくの天気とあって観光客も少なく、かえってノンビリできた。
 考えてみたら鬼怒川温泉に行ったのは19年ぶり。87年9月に天龍同盟の合宿で行って以来だ。あの時は天龍がジャンボとの一騎打ちに初勝利、天龍&阿修羅の龍原砲がPWF世界タッグ奪取、川田と冬木が天龍同盟入り…とイケイケの時期だっただけに凄かった。
 取材が終われば夕方からは大宴会。天龍同盟のメンバー&取材陣よりも芸者さん、コンパニオンの数の方が多いのだから、さすが天龍! 全員で食事して、カラオケ・スナックに行って、またまた部屋に戻って酒盛りして…。酒が弱い週刊プロレスのA君はこっそり自室に戻って寝ようとするのだが、そのたびに川田に連れ戻されて「イッキ!」。遂には行方不明になり、みんなで探していたら大浴場の更衣室で大の字になっていた。
 アッという間に夜が明けて、さすがに全員グッタリ。川田などは「練習に来たのに、逆に体を壊した」とブツブツ。そして天龍が支払ったのは総額68万円!「財布を見たら、3万7千円しか残っていなかったから焦ったよ…」とは、あとから天龍に聞いた話だ。
 というようなことを思い出しながらの鬼怒川温泉旅行。ホント、奥さんには感謝してます。

若い刺激

 昨日は午後6時から同じマンションに住むユースケ君と馴染みの焼き鳥屋に行ってサシでお酒タイム。ユースケ君は4月下旬から札幌に転勤になったのだが、GWは東京に戻ってきていたので誘った次第。会社勤めの何が凄いって、転勤の辞令が出たのが前日の午後だったとか。つまり「明日から札幌の支店長に…」ということだったらしい。
 これには奥さんのユキちゃん、息子のサイゾウ君&ホマル君も驚いたことだろうが、会社員の宿命…出世コースに乗っているのだから「おめでとう!」だ。すでに家族で住む新居も決まったそうだが、子供の幼稚園のこともあるし、これからが大変そう。でもユースケ君は前向きで明るい男。私より15歳も下だが、しっかりした将来のビジョンも持っているし、家族のことも考えている。エライ!
 焼き鳥屋の後は、ウチで延長戦。気付いたら朝6時になっていた。さすがに30歳はスタミナがあるなあ。まったく職種が違って、年齢も違う人との会話には、普段は気付かないヒントが結構ある。気分転換にもなる。いい刺激を貰ったお酒タイム12時間(!)だった。

今日は子供の日!

 今日は子供の日。といっても、私は大人だから休みではない。午前中に2本、午後に5本の計7本の原稿を書き、さらに校正も…。80%完成した仕事部屋に缶詰状態なのだ。
 大した分量ではないけれど、7つも頭を切り替えて違うものを書くというのは結構、大変。でも、終わった!校正も終わった。よし、子供ではなく大人なので、これから飲みに行こう!

久々のモツ鍋!

 最近は地方に取材に行っても、パソコンで入稿というパターンだから、全然、その土地を楽しめない。仕事が終わって食事をしようとすると早くても午前2時過ぎ。こうなるとコンビニか、全国チェーンの居酒屋しかないから、何とも味気ないのだ。
 だが、昨日の福岡は曜日的に余裕があるので、仕事といっても下準備をするだけでOK。10時前には週刊ゴングの佐々木主任、柳原カメラマン、それにフリーカメラマンの大川昇氏とモツ鍋屋にGO!振り返れば、博多でモツ鍋を食べるなんて、昨年8月4日のG1開幕戦の取材に来て以来のことだ。そこにIWGPジュニア王座から転落したタイガーマスクも合流…タイガーと食事するなんて本当に何年ぶりのことか。
 左膝の靱帯断裂、さらに踵の骨は変形して痛み止めの薬を打った状態のタイガーだが「今は薬が効いているから大丈夫ですよ!」と午前1時過ぎまで我々とくっちゃべっていた。少しでも気分転換になっていたらいいんだけどなあ。佐山、金本、三沢…タイガーを名乗った人間はいずれも足に爆弾を抱えている。4代目タイガーが、この宿命とどう向き合っていくか。これからが正念場だ。頑張れ!

巨獣がベビーになった日

 今日は新日本の福岡大会を取材。メインは“巨獣”ジャイアント・バーナードがブロック・レスナーに挑戦したIWGPヘビー級戦である。これはバーナードにとってジャパニーズ・ドリームと言っていい試合だった。かつてのWWE時代を振り返れば、同じスマックダウンに所属しながらも、レスナーは雲の上の存在だった。挙句にWWEを解雇され、日本で再出発してようやくこの舞台でレスナーと並び立つことができたのである。
 私はGAORAの全日本プロレス中継の解説をやっているから、バーナードは日本上陸時から見ている。やはり思い入れもあるから、こうなると気持ちはバーナードへ。それは会場のファンも同じだった。いつもタイトルマッチ前日に来日し、試合が終わると翌日にはアメリカに帰ってしまうレスナーに新日本愛はカケラも感じられない。またK-1移籍も具体化してきている。それよりもNJCに優勝して、新日本代表の自覚を持って挑むバーナードにファンが感情移入するのは当然だろう。それにしても全日本のVMで憎まれ続けたバーナードにコールが起こるなんて、何か感慨深いものがあった。
 試合はもちろん、レスナーの勝利。正直、物足りないものはあったものの、あのレスナーをラリアットで吹っ飛ばすバーナードのド迫力ファイトは今後も買いだ。もう、私がバーナードの試合をテレビで解説することはないだろうが、新日本のナンバーワン・ガイジンになってほしい。
 この日、他に印象に残ったのは、売り出し中の山本尚史を寄せつけない越中の意地と、天山に果敢に向かっていった石井。石井は徐々にだが新日本ファンにも支持されつつある。愚直なまでに頑張っている人間は、必ず認められる日が来るのだ。

生真面目な大森は魅力的

 昨日の『NEWS侍!』のゲストは大森隆男。紳士的なAWA世界チャンピオンとして知られるが、実際の大森クンも昔から生真面目な男だ。それだけにトークでは突っ込みどころ満載!
 キャスターの三田さんが「大森さんが王者になると、AWAは必ずヘンな注文をつけてきますが、どう思いますか?」「5月5日の後楽園ではランジェリー武藤とのシングルマッチが決まりましたけど、大森さん的にはどうなんでしょう?」などと、サディスティックな目つきで突っ込みを入れるのだが、そのたびに実直に、真面目に答える大森クンが可愛い。
 3日の足立大会では試合前に『大森焼きそば』を作らなければいけないことでレシピに悩み、6日の八街大会の試合前には野球をやることになっていて「試合前に野球をやっていいものか…」と悩む大森クン。こんなに生真面目な性格だから、ゼロワンMAXも、いろいろといじるんだろうなあ。でも、それによって大森隆男の意外な引き出しが次々と開いているのも事実。
 大森隆男はいつまでも生真面目な大森隆男のままで、ゼロワンMAXはいつまでもいじくりまくるゼロワンMAXのままでいてほしい。それによって、大森はますます魅力的なレスラー&人間になっていく。