1年

 今日は大晦日。昨年12月4日の夜に古巣・週刊ゴング編集部で急遽、原稿を書くことから本格的にスタートした私のフリー生活も1年が過ぎた。この1年、日々を生きているということを実感させられてきた。現実的な話をすれば、一定の給料を貰っていた会社員時代と違って、仕事をするしないで収入が月によって全然違ってくるのである。
 
 日本スポーツ出版社に在籍していた当時は、週刊ゴングの宣伝になると判断したもの以外のバイト原稿は断ってきた。だから、そんなに人脈もないから、いざフリーになってからの仕事の開拓はきついものがあった。それでも雑誌、新聞、テレビ、モバイル系を含めて10社の仕事ができたから、1年生としては上出来か。06年も幅広く活動していきたいし、混迷を極めるプロレス界のプラスになるような仕事をしていきたいと思う。暴露系の原稿? それはノーサンキューだ。はっきり言って暴露するようなものはないし、仕事は選んでいく。それが私のプライドだ。
 さて、このホームページもデザイナーの富塚さんがMaikaiのロゴを作ってくれ、、管理人の中西さんがトップページをリニューアルしてくれた。アドレスも簡単なhttp://maikai.boy.jpに変更になった。つくづく、いろいろな人の協力があって、今の自分が成り立っているのだと思う。そして、このサイトに訪れてくれている方々へ…06年もよろしくお願いします!
 

懐かしの空間

 昨日は後楽園ホールでビッグマウス・ラウドの興行。指定席は完売となり、超満員。改めて前田日明人気を実感したし、かつての新日本、UWFに思い入れを持っているファンが多いことを痛感させられた。
 今回の大会は私にとっても懐かしいものだった。久々に木戸修さん、栗栖正伸さん、柴田勝久さん、ドン荒川さんと話をしていると、ファンクラブ時代、あるいはゴングが月刊だった頃の時代に引き戻されたような感じ。そうした人たちも、今の若い記者は知らないだろうから、昔のように気軽に声をかけてくれる。背広組にしても、上井さんがいて、新間さんがいて、今はキングスロードの青木謙さんが来ていた。みんな昔の新日本のフロントである。
 若い記者には恐れられている前田日明にしても20年以上の付き合いだし、トイレに行ったら船木誠勝と何年かぶりの再会。船木が新日本に在籍していた時代には、私はバリバリの全日本担当記者だったので接する機会はなかったが、週刊ゴング編集長時代にはパンクラスの船木を取材する機会が多かった。
 思い出に浸ってばかりいられないが、やっぱり昔から知っている人がいる空間は気持ちがホッとするものだ。これは慌しかった1年の終わりにプロレスの神様がくれた癒しの空間だったかな。
 今日の夜はサムライTVの年末スペシャルの収録。これが2005年の私の仕事納めだ。夜8時からの放映なので、よろしかったら観てください!

一宮章一のけじめ

 昨日は一宮章一の引退試合ということで久々にDDTに行った。引退試合は三和太、大家健との3WAYによる建築基準法偽装マッチ。こんな試合形式で引退試合をしてもいいのかなと思うが、一宮はあくまでもDDTカラー、自分のキャラを最後まで押し通した。
 だが、いつもの偽者キャラで姉歯元建築士の格好で出てくると聞いていたが、実際にはデビューの時と同じく頭を剃り上げ、WAR時代のロングタイツで登場。試合ではバルコニーからのセントーンをやってのけた。
「やり残したことはいっぱいありますよ。やっぱり天龍さん…大将に認められて、戦ってみたかったし、同期の石井もリキプロで頑張っていて、彼ともやってみたかった。デビュー戦でプランチャやって、偽造キャラになってからは30過ぎて練習してムーンサルトができるようになって、最後はバルコニーからのセントーンでした。偽造ばっかりだったけど、その中でもプロレスの痛さやプロレスラーの頑丈さを表現してきたつもりです。思い出は…やっぱりWAR時代ですかね」
 と一宮。ふざけたキャラの中でも、彼には彼なりのプロレス哲学があったのだ。現在、整復師の学校に通い、2年後の国家試験を目指しているが、本当は生真面目な一宮は、プロレスとの両立は無理と判断して第2の人生を選んだ。
 かつてWARを担当していた人間として、またひとり引退する人間が出てしまったのは寂しいが、一宮の新たな道を応援したい。

年末に引退する人たち

 昨日の『NEWS侍!』のゲストは年末に引退する人たちだった。まず、31日に引退するファング鈴木とブラディー。直接、取材をしたことはないけど、ライオネス飛鳥&イーグル沢井&シャーク土屋が東スポの女子プロMVPになった年(当時、私は週刊ゴングの編集長として選考委員として出席、この3人を強力にプッシュしたのだ!)に、そのお祝いとしてレディース・ゴングが平成猛毒最凶GUREN隊の忘年会を開催。大井町にある女子プロ御用達の居酒屋でドンチャン騒ぎをしたことを思い出した。彼女たちも覚えていてくれて嬉しかったなあ。
 そして明日、後楽園で引退試合を行なう一宮章一。DDTのことだから、どこまで信用していいのかわからないが、本人は「ホント、誰も信じてくれないんですよ。でも本当なんですよ…」と、言葉とは裏腹に、どうも真剣味のない口調。でも、とりあえず後楽園に行くことにした。だってWARでのデビュー前からの付き合いだもんね。
 
 かつては石井智宏(現リキプロ)とふたりで天龍さんの付き人を務めていた一宮。ある時、名古屋大会の試合前に「実は今晩、モデルと合コンなんですよ~」と上機嫌の一宮と石井。私は試合後に、天龍さんの相撲時代の友人が経営しているチャンコ屋さんに行ったが、何と合コンに行く予定だったはずの一宮と石井が武井社長、天龍さんの横でかしこまって座っている。「あれ?合コンは!?」と聞くと「ダメです、内緒です、シーッ!」と一宮。そんなこともあったっけ。
 皆、それぞれの人生がある。ファング、ブラディー、一宮…今までご苦労さまでした。そして第2の人生も頑張ってね。でも、一宮にはすぐに会いそうな予感がする…。

新日本05年最終興行

 昨日25日は後楽園ホールで新日本プロレス『夢☆勝ちます』の取材。前日のノアの追い込みやら何やらで3時間ちょっとしか寝ていないので辛かったが、年内最終興行となれば見ないわけにいかない。
 草間氏からサイモン猪木氏への社長交代、長州の現場監督復帰、ユークスへの身売り…と大きく揺れ動いた05年の新日本。いや、今も揺れ動いている。新年の契約更改に向けて新日本から独立を考えている選手もlいるだろうし、あるスポンサーが付いてふたつに割れるという説もある。実際に選手の中には、そうした噂は聞いているものの、どこまで信憑性があるのかわからないと言う人もいる。
 さて、何とも微妙な空気の中での最終興行だったが、選手たちは1年の締め括りとしてリング上に打ち込んでいた。何があろうとも一番大事なのはリング上なのだ。
 この日のベストバウトは中邑真輔VS山本尚史。最近、勢いに乗っている山本の猛追ぶりは見ていて気持ちが良かった。中邑のシャインング・トライアングルを顔面踏みつけで外す選手は初めて見た。そこまでやり合える2人の闘志と若さは素晴らしい。そうしたひたむきな闘いは必ずやファンの心を掴むと思う。
 メインの棚橋VS後藤洋の試合は、後藤が途中からペースを乱して残念ながら期待外れ。だが、私は後藤の姿勢を買っている。この屈辱をバネにしてほしい。
 そして何と言っても主役は14人タッグ・イリミネーションで1人生き残ったヒロ斉藤だ。“夢勝ち”と言うと、若手が光る舞台というイメージがあるが、ヒロは自らの底力で主役の座を奪った。最後は金本&西村相手に1対2となり、足に集中攻撃を浴びて、試合後には控室に戻る階段から転げ落ちるほどのダメージを受けていたにもかかわらず、西村を首固め、金本をジャーマンで連破したのである。
 キャリア27年、44歳。世代交代が加速する新日本の中にも“昭和”は生きている。

昔と今のデビュー戦の違い

 昨日24日のノアでは谷口、太田、青木、伊藤という4人の新人が一度にデビューした。お客さんの抽選によるカード決定とはいえ、谷口は8人タッグ、太田と青木はタッグを結成して三沢&田上と激突、第1試合に出場した伊藤も潮﨑と組んで前GHC王者・力皇&ムシキング・テリーとの激突だから、これはいずれも破格のデビュー戦だ。それにディファ有明という会場にも恵まれている。
 昔のデビュー戦といえば、なるべくマスコミが来ない会場が選ばれた。ほとんどの選手が××駐車場特設、△△青果市場、□□消防署前でのデビューだった。
「今は時代が違いますから、いいんじゃないですか。こうやってマスコミも取材してくれるし…」
 と苦笑いしていたのは小川良成。考えてみれば、新人…というよりも若手が取材対象になったのは専門誌が週刊化されてから。月刊誌時代は、それこそ凄い素質がある選手以外は、海外修行から帰ってくるまで、ほとんど記事や写真になることはなかった。
 今の選手は恵まれているといえば恵まれているが、それも考え方次第。昔は人目に触れない分だけ、寝かされているから、海外に行って帰ってときには、凄く新鮮なスターという印象が強かった。ところが、今は“隠れて成長する場所”がないから、ある意味で辛い。そういえば、大谷晋二郎が海外修行に行った時に「しばらく取材しないで下さい」と言っていたことがあったっけ。人目に触れないことも重要なのだ。
 ともあれ、最高のクリスマス・プレゼントをもらった4選手には頑張ってもらいたい。
 

クリスマス・イブ

 今日はクリスマス・イブ。きっと皆さんはいろいろ楽しいことを企画しているんだろうなあ。普通の人は昨日から3連休だしね。私はもちろん仕事。今日はディファ有明のノア・クリスマス興行の追い込み作業だ。
 もうクリスマスで胸をときめかすトシではないが、思えば19歳のクリスマス・イブは週刊ゴングの床で寝袋に入って寝ていたっけ。あれから24年…状況が変わっていないのは、ちと寂しい。

伊東竜二のプライド

 昨日のサムライTVは『NEWS侍!』は大日本の伊東竜二がゲスト。伊東と一緒に番組に出るのは11月21日以来だ。普段、私の出演は月曜日が基本だが、今回、伊東の火曜出演にあたって、大日本の関係者がゴングの『インディー・サミット』の記事を読んでリクエストしてくれたらしい。不思議なもので、大日本の名物・蛍光灯マッチをナマで見たのは『インディー・サミット』だけなのに、サムライでの映像、そして前回の伊東&佐々木貴との出演で、思い入れを持ってしまった。それはかつてハヤブサをエースにした新生FMWと感覚的にダブるからかもしれない。
 彼らの蛍光灯マッチは完成されている。蛍光灯というギミックに頼るのではなく、たとえば6人タッグだとしたら、最初の5分は1対1の攻防が代わる代わる繰り広げられ、その間に蛍光灯ではない凶器による場外戦。その後に絶妙なタイミングで蛍光灯が使われる。もちろん、きちんとした技も出るから、飽きることはないし、陰惨な感じもしない。ある意味でダイレクトに痛みを伝えるプロレスと言っていいだろう。葛西純が「伊東のデスマッチは、スポーツライクなデスマッチ」と言うのも頷ける。
 その伊東に「本音では『インディー・サミット』をどう思っていた?」と聞いたら、
「やってもらう分にはいいし、普段は大日本に来ないお客さんにも見せられるからいいとは思います。それに誌面でも大きく扱ってもらえますからね。でも“それを大きく扱うなら、普段の試合も大きく扱ってくれよ、あれより凄いことやってんだから”って思いますよね」
 と、笑った。そこにはやはり意地があったのだ。
 伊東の誇りはデスマッチ・ヘビー級のベルト。中央に有刺鉄線を付けたのは伊東自身。そしてベルトの皮の部分は茶色に変色していた。これは血の痕だ。
「血がついてのを一度も拭いていないんで…」
この血を吸った茶色いベルトが伊東のプライドなんだ。
 今日、伊東は横浜文化体育館でアブドーラ・小林相手に防衛戦。私は別の用事があって、残念ながらいけなかったが、きっと今頃、凄いデスマッチを展開しているに違いない。

早くも…今年の反省

12月を師走とはよく言ったもので、本当に忙しい。気付いたら1週間もダイアリーを書いていなかった。こういうものって習慣性のものだから、一度途切れるとヤバイ。
 
 思えば、フリーになってアッという間に1年が過ぎようとしている。何しろ初めての体験だから、無我夢中。収入が約束されているわけではないし、とにかくオファーが来た仕事は、基本的には断らずに何でも引き受けてきた。仕事があるうちが花というわけ。稼げる時に稼いじゃおうってことだ。
 フリー=自由っていうけれど、これが結構、難しい。休日が決まっているわけじゃないから、自分でキッチリとオンとオフを切り替えなければ、生活が成り立たなくなってしまう。流れに任せていたら休日がないのである。こうなると体が持たず、自由どころか、1年中、仕事に振り回されることになってしまう。
 これは今年最大の反省。自分の心と体を守るのは、、自分自身であるということ。会社員には会社のルールがあるから、それに則ればいいが、私の場合は自分で規制していかなければいけない。06年はオンとオフのバランスをうまくとっていこうと誓った今日このごろです。

今、新日本の中が凄いことになっている!

 10日=大阪、11日=名古屋の新日本05年ビッグマッチ最終2連戦を取材に行ったが、新体制となった新日本の耐震構造はガタガタだということを思い知らされた。
 まず、10日の大阪。試合前にサイモン社長以下の幹部、長州現場監督が緊急記者会見で藤田の1・4出場キャンセルを発表。猪木事務所から連絡があったそうだが、その理由が分からないというのだから、お話にならない。長州は穏やかな口調ながらも、
「ボクが新日本の人間だったら、間違いなく違う反応を示しますよ。こうやって話してるけど、胸クソ悪いですからね、気分的に。こういう状況は仕方ないんだけど、怒りを露にしてほしい。怒りを表さないと期待していたファンも納得しないでしょう。ボク自身は妥協したくないですよ」
 と、おっとり構えている新日本幹部にチクリ。穏やかな口調になっている時ほど、長州は怒っているのだ。こんなことばかり続いていたら、選手もリングに集中できないだろうし、マスコミ側にしても「ゴタゴタよりもリングで頑張っている選手を記事にしてあげてくださいよ」と言われたって、リング上を追ってる場合じゃないというのが正直なところだ。
 もはや新日本と猪木事務所の亀裂は決定的。そして長州体制となったリング上では選手が様々な思惑を胸に秘めて試合をしていた。10日の大阪では金本VS稔が行なわれたが、試合後に勝った金本が、まず田山レフェリーに握手を求め、続いて稔に握手を求めた。これを拒否する稔の目には涙が…。金本は笑顔で「ありがとう。ええやないか」とさらに握手を求める。その金本の目からも涙がこぼれ、とうとう泣き出してしまった。長州体制を批判してきた金本。これはどう見たって稔との最後の試合であり、新日本に別れを告げる行動である。翌11日の名古屋では金本VSタイガーマスクが行なわれ、試合後に金本はタイガーと肩を組んで、タイガー側の花道に引き揚げていった。
 そのタイガーは1・4東京ドームの稔と組んでの高岩&石井とのタッグマッチを「メリットがない!」と一刀両断にして、近くに長州がいるにもかかわらず「5対5の藤波軍に入れてほしい。そうしたらジュニアの怒りを見せつけてやる!」と吐き捨てた。ヘビー級では西村が“故郷からの旅立ち”を宣言している。 離脱ではないが、ライガーも稔も1・4東京ドームのカードに憤っている。彼らの場合はそれをエネルギーにしてリングで発散しているから、まだいいだろう。
その一方で11日の名古屋のメインでレスナーと一騎打ちを行なった永田は、
「ここ数年、沢山のレスラーが辞めていったけど、こういう世界最高峰の男と戦える新日本のリングにはまだまだ魅力がある。俺は残って正解だったと思う」
 と新日本残留を示唆する発言をした。
 今、新日本の選手は個人としての行き方をそれぞれに模索している。一体、新日本という団体はどうなってしまうのか? こうなると、1・4東京ドームは見逃せない大会である。