天龍の生き方

 10月以降、天龍源一郎の動きが活発だ。10月10日にドラゴンゲートの顧問に就任したのを皮切りに27日には大ハヤブサとして遂にハッスルのリングに出現、翌28日にはノア大阪で小橋と初めて組み、11月には3日に横浜アリーナにおけるハッスル・マニアに出場、2日後の5日には日本武道館で三沢と18年ぶりの一騎打ちを行なう。
 これをプロレス・ファンはどう見るだろう? きっと「金のため」と言う斜に構えた輩もいるに違いない。だが、それは違う。18年間、天龍番をやってきた私は、違うと断言できる。
 今の天龍は、総合格闘技ブームや様々な価値観の誕生、業界の不振などでゴタゴタし、浮き足立っている日本プロレス界に腹を立てているのだ。アメリカでデビューし、元々スマートな頭の持ち主である天龍は、若者に支持を受ける今が旬のドラゴンゲートで若いレスラーにプロレスラーとしての気骨を注入し、ノアでは純プロレスを見せている。そしてハッスル参戦については「これでも食らえ!」という気持ちなのではないか。きっとサイド・ストーリーの面白さばかりがクローズアップされているハッスルを引っくり返してやろうと思っているに違いない。ハッスル劇場で激情爆発である。
 かつて天龍は、大仁田が邪道と言われている時に「本当に邪道かどうか、俺が体で確かめてやるよ」と電流爆破のリングに足を踏み入れたし、冬木のエンターテインメント・プロレスに賭ける情熱を認めて大ハヤブサになった。神取忍と一騎打ちも行なったが「イロモノの余興と思われてたまるか!」と神取の顔が腫れ上がって変形するほどボコボコに殴った。どんなリングに立っても、生き方はブレていないのである。
 きっと世間一般も注目しているハッスル・マニアで天龍は痛烈なメッセージを叩き付けてくれることだろう。11月16日でデビュー30周年に突入する天龍。今なお、第一線のミスター“日本”プロレスである。最近、レジェンドという言葉がよく使われるが、本当のリビング・レジェンド(生ける伝説)はテリー・ファンク、リック・フレアー、そして天龍だと私は思う。

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