永島オヤジ

 最近、何度か永島勝司さんにお会いしている。元東京スポーツの記者、アントニオ猪木の片腕、長州力と共に平成の新日本黄金時代を築いた仕掛け人、そしてWJで多額の借財を背負ってしまった、良くも悪くも業界の名物オヤジだ。
 私が永島さんに初めてお会いしたのは東京スポーツの新日本担当記者時代だから…もう20年以上も前のこと。永島さんが平気な顔をして維新軍の控室に入る。それを見ていた私は「ああ、入っても大丈夫なんだ」と思ってドアを開けると「出てけ!」の長州の怒声。“顔の違い”を思い知らされたものである。
 週刊ゴングの編集長になってからは、新日本の仕掛け人になっていた永島さんを何度も直撃取材。酒が入ると舌が滑らかになるのが面白かった。仙台で天龍さんを交えて朝まで飲んだこともある。
 今の永島さんは「お世話になった人を裏切るわけにいかないからよお」と、WJで背負った借金を払う日々。それでも強気で前向きな姿勢は変わらない。今はWJのイメージを払拭しようと頑張っている。
「近々、動き出すから!」と言う永島さん。62歳になった今、一体何を仕掛けるのか注目したい。

今日は独立記念日

 ちょうど1年前の9月15日、私は日本スポーツ出版社を退社した。アルバイト時代から含めて24年6ヵ月在籍した会社を辞めたのだ。当時、私は精神的に限界にきていた。仕事を続ける気力がなくなっていたし、人間関係のしがらみにもうんざりしていた。
 そうそう、紙の爆弾という本に日本スポーツ出版社の記事が載っていたことがあったが、あそこに書かれているのは事実ではない。一部、当たっているところもあったが、何も核心を衝いていない記事だった。一体、誰をどう取材したら、ああいう記事になるのだろうか? もし取材を受けた人間がいたとしたら、それは会社の事情をまったく知らない人間である。そう言い切れるのは、当時の私は経営者と現場の間に立つ執行役員という立場で、もっとも事情を知る人間だからだ。
 そんなことはどうでもいい。当時の私はそれまでのすべてを断ち切ってゼロ…白紙の状態にリセットしなければ、その先の人生を前に進めない状況だった。新たに社長に就任した前田大作氏から、
「いろいろ大変だったでしょうから、1~2ヵ月、休職して、気分をリフレッシュして戻ってきたらどうですか?」
 という有り難い言葉も頂いたが、それに甘えるわけにはいかなかった。
 正直な話、1年前に退社する時にはプロレス業界に残るかどうかも決めていなかった。そんな中で現在ビッグマウスの代表である上井さんは、
「小佐野さん、この業界で生きなきゃ駄目ですよ!」
 と、励ましてくれた。馬場元子さんも心配して電話をくれ、
「あなたのキャリアをプロレス界に活かさなきゃ。でも、焦らないで、ゆっくり休んでからね」
 と、労ってくれた。天龍さんは退社の日に「お疲れ様でした」とメールをくれた。
 そうした人たちがいてくれたから、1年経った今、プロレス業界で仕事をしているのかもしれない。今は退社した会社が重要な取引先になった。仕事のオファーもあれば、こちらからの売り込みも、ギャラの交渉もある。明日も今後の打ち合わせのために日本スポーツ出版社に行く。人生って不思議なものだ。
 組織から個へ…9月15日は私の独立記念日である。

ハワイ番組

 私の趣味はテレビで旅番組を見ること。昔はトレンディー・ドラマも好きだったけど、仕事の都合でビデオが溜まっちゃったりすると結局は見なくなってしまうので、最近はもっぱらストーリーなど関係ない旅番組を見て「ああ、今度はここに行きたいなあ」などと想像を膨らますのがリラックス・タイムなのだ。
 で、先日の土、日連続でハワイ番組があった。土曜は高木ブー、ダチョウの肥後さん(昔はよく御徒町で三沢、川田、LLPW勢などと飲みました)、吉岡美穂のトリオが主役で、日曜の方は石田純一、さとう珠緒をメインにしたもの。キャスティングがキャスティングだけに、それぞれ特徴が出ていた。
 まず前者はホノルル・マラソンのコースをオリオリ・トロリーで巡り、吉岡美穂がクアロア牧場で乗馬、肥後さんがダイヤモンドヘッド登頂、そしてブーさんのウクレレ。ハワイの番組というとショッピングにグルメ、スパのテンコ盛りというのが多いだけに、ユルーイ番組作りには、それはそれで好感が持てた。
 で、後者は対照的にゴージャス! オープニングがシェラトン・ワイキキ最上階のハノハノ・ルームのバー・カウンター、その後は宿泊先としてロイヤル・ハワイアンのカメハメハ・スイートを紹介。ディナーはレストラン・ロウにあるルースズ・クリス・ステーキハウス(ハワイ・ベスト・レストラン2004-05のベスト・ファイン・ダイニングに選ばれた店)、翌朝のブレックファーストはシェラトン・モアナ・サーフライダーのバニアン・ベランダ、その日の夜はコロニー・サーフ・ホテルにあるミッシェルズでディナーを食し、その後にリムジンでタンタラスの丘に行って夜景を楽しむ。その他、あっちこっち…。おいおい、この番組の通りに過ごしたら、いくらかかるんだっつーの! でも嫌味にならないのは石田純一だからかな。
 それぞれに面白かったけど、私的には石田純一の方の番組に軍配。というのも、シェラトン50周年記念限定アロハの存在を知ったのと、10月のハワイ旅行で行こうと思っていたラニアケア・ビーチ(野生の海ガメがいるビーチ)の映像が見れたから。
 ということで、昨日の辛口から一転…今日はTVウォッチャーとしてダイアリーをお届けしました!

駄目なものにはNO!

 昨日の『NEWS侍!』で新日本9・11相模原大会のゼロワンMAX乱入劇の映像を見た。コメントを求められた私は「何もかも中途半端!」と答えた。
 だって、そう思わない? バスで選手全員が会場まで乗りつけてリングに上がったのに、これといった主張をしないで引き揚げるゼロワンMAX勢。リングに土足で上がられたのに、なぜか視殺戦止まりの新日本。あの熱い男・大谷率いるゼロワンMAXらしくなかったし、おっとり構えているから新日本も駄目なのだ。それこそ、大仁田がフェンスの中に入ろうとした時に「跨ぐなよ!」と言った長州の方が正しい。
 私の発言はサムライTVに迷惑をかけたかなとも思ったが、スタッフのひとりは「小佐野さんがズバッと言ってくれてすっきりしましたよ」と言ってくれた。
 駄目なものをいいとは言えない。駄目なものは駄目、NOを言うのがプロレス・マスコミの役目だと私は思う。プロレス業界とプロレス・マスコミはお互いに協力し合って共存共栄していくという構造を私は否定しない。だが、だからこそ、この厳しい時期に駄目なものに対しては駄目とハッキリ言って軌道修正させていくのが本当の協力と言えるのではないか。
 ここから新日本VSゼロワンMAXが急展開を迎えて盛り上がったとしたら、私は素直に「これは凄い」「これは面白い!」と言います。

日本スポーツ出版社移転

 週刊ゴングを発行する日本スポーツ出版社が東京・文京区白山から中央区新川(茅場町)に移転した。旧社屋が5階建てのビルになったのは84年春。私はそれよりも4年も前の80年3月からアルバイトとしてゴング編集部に潜り込んだわけだが、その時は旧社屋が狭くなったということで、ゴングの編集部だけ近くのビルに部屋を間借りしていた時代。今の日本スポーツで、この借家住まいを経験しているのは、現在は日本スポーツ編集顧問になっている竹内さん、週刊ゴングの企画部長になっている清水さん(ドクトル・ルチャ)、レイアウターの鈴木容子さんだけだ。
 私は、この借家住まい、白山の本社ビル、本社ビル近くに借りた岡本ビルの3つを経験している。今はフリーになった私だが、今回の超近代的ビルにも机を用意してくれた。
 ハッキリ言って、仕事が関係なくなれば、もう白山に行くこともないだろう。18歳の時から通っていた土地だけに一抹の寂しさがあるというのが正直なところ。だが、仕事に関して言うなら…オファーをしてくれる会社があって、そこに仕事ができる環境さえ整っていれば、OK!今の私のホームタウンは、事務所兼用となっている自宅なのだ。

希望のHikaru

 昨夜、週刊ゴング1089号でのHikaruとの約束通り、新宿FACEにフラッシュ7初興行=Hikaru復帰戦を観に行った。
 相手は小学校4年生の時からの憧れだった豊田真奈美。この試合に際してHikaruは「ヤベエと思うようなホラー映画の豊田さんが出てくれなければ」と言っていたが、この日の豊田は本当に鬼気迫るムードを漂わせていた。ハッキリ言って試合運び、技の斬れと強さ、パワー、スタミナ…何ひとつHikaruが勝る要素は無かった。やはり怪我によるブランクは大きかったと言わざるを得ない。肉体改造で体が軽くなったことによって、かつての技のパンチ力が無くなった。これは体を変えたレスラーが、その当初に直面する共通の課題でもある。今までの感覚とは違うはずなのだ。
 だが、Hikaruには誰もが欲しても手に入らない独特のオーラがある。表現するのは難しいが、かつてのクラッシュギャルズのような人を惹きつけるムードがあるのだ。あの熱狂的な女性ファンは女子プロレス界にとって宝と言っていい。このファンの熱さに負けないレスラーに成長してほしい。これからはファンと己のステップアップの競争である。
 深夜2時前、Hikaruがわざわざ電話をかけてきてくれた。
「次は…すぐじゃなくて、半年後の私の試合を観に来てください!」
その心意気がいい。半年後、大きく成長したHikaruに会えることを楽しみにしよう。

めでたい!

 今日9月9日、タカシ君とワカナちゃんが入籍した。交際期間苦節(?)3年…ウオッチャーとして随分、楽しませてもらった。この2人は誰かって? いちいち説明すると長くなるので4~5月のダイアリーをチェックしてください。何回か登場している、トシが10歳以上も離れている友達です。
 それにしても、人が幸せになるっていいなあ。周りの人間の気持ちもハッピーになる。このカップルとは昨年10月にハワイで合流。そして1年後の今年の10月、ハワイで結婚式をするのだ。
「ハワイで結婚式? そんなの西洋かぶれですよ。日本人は神社ですよ!」
と言っていたタカシ君も、すっかりハワイに魅了されて、帰国してからは「アロハの精神」が口ぐせになり、今年の5月もカップルでハワイへ。今度の結婚式を入れれば、何と1年に3回もハワイに行く計算に。うらやましい!
 もちろんハワイ結婚の先輩として、ウチの夫婦も夏休みをかねて10月ハワイ行きが決定! これまた、めでたい!
 今日、私はHikaruとの約束で新宿FACEまでフラッシュ7興行を見に行くが、同じ時間帯に妻チエコ、新婚カップル、両家代表者はハワイ大新婚旅行ツアーのミーティングを行なうのだ。きっと珍道中になるんだろうなあ…。
 ともあれタカシ君&ワカナちゃん、おめでとう!

明日は見えるか?

 昨日、新日本の宇都宮大会に行ったが、1ヵ月後に迫った10・8東京ドームがまるで見えてこなかった。藤田の右足負傷はアクシデントだから仕方がない。それよりも、大きな大会に向けてのうねりが皆無なのだ。
 選手たちは日々の試合を精一杯戦っている。だが、その選手たち現場サイドとフロント・サイドに意思の疎通があるように見えない。選手たちも先が見えないから、その日の試合だけに集中するしかない感じ。新日本は新体制になったばかりだけに、まだまだ組織的に固まっていないのだろうが、それはファンにとって関係のないこと。本来、日々の戦いの中から「これはドームでやらなければ仕方がない」という流れが自然で、「東京ドームが決まってしまったが、さてどうしよう?」では本末転倒。ビッグ・サプライズに期待するしかないが、これで本当に新日本の明日は見えるのか?

メジャー感

 昨日の夜はテレビでHERO’Sを観戦。それにしても今年誕生したばかりの総合格闘技大会が21時~23時に放映されるなんてプロレス側から見たら羨ましい限りである。
 当初は、いきなりミドル級世界最強王者決定トーナメントを謳うのは無理があるようにも思えたが、納得してしまうメジャー感がある。出場している選手にも個性の強い山本KID徳郁、宇野薫、須藤元気、シドニー五輪出身の宮田ら、スター感、大物感が漂っていた。KIDと宇野の試合が宇野の出血でストップになってしまったのは残念だったものの、全体的にはそれぞれの持ち味が発揮され、スピーディで面白かったと思う。そして決勝は大晦日と、きっちりレールが敷かれている。いきあたりばったりの今のプロレス界とは違うのだ。
 ちゃんとした舞台があり、相応しい選手が揃えばメジャー感が出る。プロレスもテレビがいい時間帯を提供してくれれば、世間に十分アピールできると思うのだが。その場合、バラエティー的な要素は不要。プロレスがたまにいい時間帯に放映されると、なぜか無縁のタレントが出てきたり、放送席がはしゃぎ過ぎたりする傾向にあるが、プロレスはリング上自体がバラエティーに富んでいるのだから、普通のスポーツ番組として扱う方が、よりプロレスの独自性が出るはずだ。ああ、いい時間帯でのプロレス番組が見たい!

GAORA全日本中継

 GAORAスポーツの全日本プロレス中継の解説者を務めてから、もう3年以上にもなるだろうか。「書くより喋る方が楽でしょ」という人もいるが、書くのは書き直しができても、解説の場合、現場での収録ではやり直しがきかない。一発勝負のプレッシャーがある。また、何が起こるかわからないので、リング上とモニターに集中しながら喋るというのは、結構、エネルギーを消費するものなのだ。放送席に座る以上は「喋りのプロではないので…」などと言っていられない。
 現在、この番組の制作をしているのはブロンコスという会社。この会社の社長・関巧さんは元々、プロレスの大ファン。テリー・ファンクが好きだったから社名もブロンコスにしたという。そして好きなだけにプロとして放送を見る目は厳しい。先日の9・1札幌大会ではフロア・ディレクターを自ら務めていたが、私と松崎年男アナの喋りを細かくチェック、試合後の食事会では、ソフトな口調ながらも的確なダメ出しをされてしまった。
 だが、ちゃんと指摘してくれるのは嬉しいこと。私も松崎アナもいい番組を作りたいのだ。私の場合はプロレス・マスコミという立場がある以上、何でも無条件に褒めるわけにはいかない。そこに批評精神がなければ、私の喋りが面白いわけがない。書いていることと喋っていることが違うわけにはいかないのだ。そのあたりは関社長も理解してくれている。
 緊張感のある放送席からお届けする臨場感あるGAORA中継を今後とも、よろしく!