あれから20年…

 今日8月12日は、羽田発大阪行きの日航機123便が群馬県多野郡御巣鷹山に墜落してからちょうど20年となる。今でも、あのニュースは鮮明に覚えている。お盆で山梨の小佐野本家にいる時にテレビで知ったのだ。
 当時、週刊ゴングの全日本担当記者として1年3ヵ月のキャリアを積んだ私の仕事は充実していた。全日本VSジャパン・プロレスの抗争で盛り上がる中、取材で日本全国を飛び回っていたのである。もちろん、毎週のように飛行機で移動していたし、飛行機こそ一番安全な乗り物だと信じていたから、日航機墜落事故には背筋が寒くなった。以来、シリーズの日程が発表されると、飛行機に何回乗らなければならないのか数えたものだ。
 そして2年後の87年11月28日、ハル薗田さん夫妻が南ア航空機墜落事故で亡くなった。薗田さんは結婚したばかりで、南アフリカでの試合後、ヨーロッパに新婚旅行に行くことになっていた。この悲しいニュースは、私が小中学生時代を過ごした横浜市港北区綱島にあった故・大熊元司さんの焼き鳥屋さんのテレビで知り、急いで全日本の事務所に向かった記憶がある。
 今も仕事、プライベートの両方で飛行機に乗る機会は多い。最近の航空機トラブル続出のニュースは本当に腹立たしい。人が死ぬということは、その人の命と、それまで歩んできた人生が一瞬のうち絶たれてしまうということ。そして残された人間の人生も変わってしまうのである。事故ではないが、14歳の時に母を亡くした私は人の命の重さと尊さ、人生の大切さを自分なりに思い知らされた。
 航空関係者のより一層の努力を望むと同時に、そうした悲惨な事故が2度と起こらないように切に願う。多くの犠牲者を出した事故からの教訓は大きい。絶対にそれを風化させてはいけないと思う、今日8月12日です。

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