インタビュー

 昨年12月からフリーとして週刊ゴングに関わるようになって、いろんな人にインタビューした。先週のマグナムTOKYO、カブキさんと宮本の対談、三沢特集で三沢、ムタ特集でムタ、川田特集で川田、その他に天龍さん、天龍さんと高山の対談、坂口さん、栗栖さん、永源さん、他の出版社で長州さん…そして来週号の101人インタビューでも新しい出会いがあった。
 考えてみれば、99年1月に週刊ゴングの編集長から編集企画室長になってからはインタビュー取材の機会はほとんどなかった。増刊号用に天龍さん、サクラダさん、坂口さん、メガネスーパーの田中八郎会長、川田、冬木さん、小川良成、武藤を取材したぐらい。週刊ゴングの助っ人として天龍さん、天龍さんとマグナム、天龍さんと坂口さんの対談を手掛けたぐらいか。
 普段、喋っている人でも、インタビュー取材となると違う。何か新鮮な気持ちになれる。それは相手側も同じだろう。昔から知っている人を掘り下げてみたいし、まったく接点のなかった人に私なりの視点で話を聞いてみたい。これからの出会いが楽しみだ。

久々の長州力

 なかなかダイアリーを更新できず、ついつい古い話題になってしまうが…台風11号が東京を襲った8月25日の午後、ある出版社の依頼で久々に長州力にインタビューした。
 リキプロの道場に行くのは初めて。長州さんを個人的に取材するのも11年ぶりぐらいだろう。だが、長州さんは私にとって、21年前には取材対象だった。当時、私は全日本担当記者。長州さんはジャパン・プロレスとして全日本プロレス・マットに殴り込みをかけたのだ。当時の長州さんは一番ピリピリしている時期で、本当に取材には苦労させられたものだ。週刊F誌の記事に激怒して「マスコミはみんな一緒だ!」と、インタビューをドタキャンされそうになって「約束は約束じゃないですか!」と食い下がったこともあったし、胸倉を掴まれたこともある。
 だが、それも今となっては昔の笑い話。「昔の話したってしょうがないじゃない」と長州さんも苦笑いするばかり。思えば、この人にいっぱしの記者と認めさせるのが20代前半の私のひとつの課題でもあった。
「小佐野ともさ、いろいろあったけど…あの時代、確かに同じ橋を渡ってたよな!」
 という言葉は嬉しかった。今の長州さんは昔からは考えられないぐらい丸くなった。それは怖い時代を知っている者としては、ちょっと寂しくもある。確かに、長州力は私の青春の1ページに刻まれているレスラーなのだ。

屋外の試合

 昨日はノアの静岡・駿河健康ランド大会の取材。海に面した駐車場という久々の屋外の試合だった。
会場の向こうに海が見え、海風と波の音、そして松の木というロケーションに何とも風情がある。セミとメインでは花火の演出…と、まるで夏祭りだ。
 こうした屋外の試合は昔から好きだった。雨が降ったら降ったで、選手も客も以上にテンションが上がって盛り上がるし、リングの上をバッタが跳んだりして、それはそれで味わいがあった。90年4月には全日本プロレスが大分県別府のオリアナ号のデッキの上で試合をしたこともあったっけ。
 夕涼みがてらプロレスを楽しんでいる人たち。プロレスの原点は大衆娯楽なんだということを実感させられた一夜だった。
 

今週号の三沢光晴

 今日発売の週刊ゴングをご覧いただけただろうか? カッコイイことを言わない、写真撮影でもカッコつけない三沢光晴の特集だ。ページを割いて三沢を取材したのは、タイガーマスクから素顔になったばかりの時のスタジオ撮影が最後だから…実に15年ぶり!
 週刊ゴングの編集長時代は巻頭記事を書くのに会場で話をしたり、それより以前はよく一緒に飲んでいたが、ノアになってからは今年に入るまでほとんど会うことがなかったから、本当に久しぶりにジックリと話をした気がした。
 それにしても三沢は本当に忙しい。インタビューをしたのはシリーズ突入前だったが「練習をしたいから」ということで、指定されたのは事務所で午後9時からだった。約束は1時間だったものの、アッという間に10時をオーバーして、インタビュー後も社長室でオフィスワーク。まったく頭が下がる。
 記事でも書いたが、まるで馬場さんのようなオーラがあってビックリ。事務所の人間の応対を見ていると、昔のように気軽に「ねえ、みっちゃん…」などと言えない雰囲気だったが、取材時間がオーバーしても付き合ってくれたし、写真撮影でもガウンをはおってくれるようにリクエストすると「いいよー」。三沢の私に対する態度が昔とまったく変わらなかったのが嬉しかった。
 自分なりには満足できる特集が出来たと思っているが、いかがでしたか?

早くも曙効果!

 今週は仕事のスケジュールがタイト過ぎて、気付くと日付が変わっているという状態。すっかりダイアリーもご無沙汰してしまった。サボッている間に全女の松永国松元社長が自殺するという悲しい事件も起こった。これについても思うところはいろいろとあるが…今日は、今終わったばかりの全日本・後楽園大会の曙について書きたい。
 プロレスコラムで曙の参戦はプラスと書いたが、早くも曙効果が表れた。まず客入りだが、チケット完売の超満員札止め。このところ全日本の後楽園は日曜開催が少なかったため、当初から今回のチケットの伸びはよかったというが、曙参戦でそれに拍車がかかった。3日前に京平さんと話をしたが、その時点で「もう札止めは間違いなしだよ!」とのことだった。やはり会場は超満員で熱気ムンムンに限る。
 さて注目の曙は諏訪間とタッグを組んで嵐&雷陣との対戦。嵐は元々、大相撲の卓越山だけに味のあるマッチメークだ。ちなみに曙と嵐は相撲界ですれ違い。嵐が廃業して全日本に入門後、曙はハワイからやってきた。
 いきなり結論から書くと、曙はプロレスに向いている。私が注目したのはタックルやチョークスラム、ギロチン・ドロップなどの大技ではなく、ロックアップが実にサマになっていたこと。基本をみっちりとやっているのである。相撲で横綱まで登りつめた人だから、基本の大切さを知っているのだろう。そしてリングの上を走れることにも驚いた。声もよく出ていた。昔、馬場さんは一流レスラーの条件として走れること、声がでることを挙げていたものだ。
 そして何より、いい意味で曙が楽しそうに伸び伸びとプロレスをやっていたことが嬉しかった。本人が楽しくなければ、見ている方が楽しくなるはずがない。私は元横綱としては輪島さん、北尾さんを取材してきたが、この2人も当初は希望に燃えた明るい顔をしていた。それがいつしか、曇ってしまったことが妙に記憶に残っている。曙には、今の目の輝きをいつまでも持っていてほしい。

カブキさん

 昨夜は、かつての記者仲間の日刊スポーツの川副さんと『ちゃんこ かぶき』に行った。川副さんと会うのが2年ぶりなら、カブキさんの店で飲むのも2年ぶりぐらいか…。
 川副さんは昔のプロレス記者気質の人で、プロレス担当になったばかりの頃、長州に向かって「馬場、猪木は知ってるけど、アンタなんか知らないよ!」と言ったサムライ。天龍同盟を取材していた頃は、地方に出ると毎晩のように無茶したものだ。川副さん、東京スポーツの川野辺さん、内外タイムスの栗原さん、そして私は天龍シンパの4K(本来なら私のイニシャルはOのはずだが、名前の景浩から強引にK)として問題児扱いされていたのだ。
 カブキさんに初めてお会いしたのは24年前…81年テキサス州ダラス。ゴングのアルバイト時代の大学2年の夏休みにアメリカに行き、面識もないのに図々しくカブキさんのウェイコのアパートに転がり込んで日本食をいただいたのが最初だった。以後、全日本→SWS→WAR→反選手会同盟(平成維震軍)→東京プロレス→IWAジャパンと、ずっとお付き合いさせていただいている。私のプロレスの先生は馬場さんであり、佐藤昭雄さんであり、このカブキさんである。
 昼にはランチ、そして夜の営業と大忙しのカブキさん。大変そうだけど、充実した顔をしていたのが嬉しかった。幼稚園のイメージしかなかった娘さんが中学生になっていたのにもビックリ!11時過ぎにはカブキさんもカウンターに座って焼酎を飲み始め、私たちの輪に加わってくれて、昔話に花が咲いた。心が和んだ一夜でした。

お父さんのバックドロップ

 DVDをレンタルしてきて宇梶剛士主演の『お父さんのバックドロップ』をようやく見ることができた。話としてはプロレスを通じての父と子の心の交流…単純なストーリーのハッピーエンドだが、ハッピーな気分になれたからOKという感じ。
 田口トモロヲ主演の『MASK DE 41』は去年、映画館で見たが、両作品に共通しているのは、プロレスラーのかっこよさをクローズアップするのではなく、レスラーの素の部分の葛藤を描いているということ。プロレス・ファン向けの映画というわけではないが、今、みんなが興味を持っているのは、上っ面のプロレスではなく、職業としてのプロレスであり、プロレスラーの影の部分なのだろう。そうなると、プロレス・マスコミの報道の仕方も変わらざるを得ない。昔みたいな「ガッデム、殺してやる!」みたいなインタビューは誰も読まないでしょう(笑)。もっとも、あくまでもキャラを押し通すレスラーは、それはそれで魅力的ではあるのだが。
 それにしても、両作品共にプロレスに対するリスペクトが感じられたのも心地好かった。宇梶剛士も田口トモロヲも体作りは大変だったと思う。『お父さんのバックドロップ』のAKIRA、『MASK DE 41』のハヤブサのプロレス技術指導、役者としての演技もさすがでした。

長州VS柴田!

 今日はリキプロ1周年の後楽園ホールに行ってよかった。長州さん、服部さんと久々に喋ることもできた。21年前にジャパン・プロレス担当記者だっただけに、やっぱり懐かしさがこみ上げてくるのだ。そうそう、昨日は両国でカルガリー・ハリケーンズだったヒロ(斉藤)ちゃんとも話ができたしね。
 あと今日はもうひとり…柴田勝頼のお父さん、柴田勝久さんとも久々の再会。柴田さんはおっとりした優しい人で、高校生のファンクラブ時代に何かとお世話になった。改めて、ありがとうございました。
 と、懐かしがってばかりいられない。リキプロに行ってよかったのは、何といってもメインの長州VS柴田がよかったから。詳しくは17日発売の週刊ゴング1087号のリポートを読んでいただきたいが、健介戦で男を下げた長州が本気モード! 柴田の無鉄砲な攻撃を受けて立ち、その代わりに久々となる物凄いバックドロップ、渾身のラリアットを打ち込んだ。そんな長州を引き出したのは、もちろん柴田。全力のラリアットを真正面から受け止める気概は素晴らしかった。早くも秋山効果が出ていたと言っていいだろう。
 試合後の柴田は「とにかく凄ぇ存在感…のみ」「別に嬉しくも何ともないですけどね」「やっぱり凄ぇのかな…って、じゃあ今までのは何だったんだ」「怖かったんじゃないですか。俺は怖くなかったけど」などというコメントを並べ立てていたが、言葉とは裏腹に、充実感で今にも顔がほころんでしまいそう。そんな素直で、でも突っ張っている柴田には好感が持てた。リングを降りた柴田は、お父さんに似て、実に柔らかい表情をしているのだ。
 でも、このまま突っ張って、いつか大輪の花を咲かせてほしい。そして…長州力がやっぱり長州力だったのは本当に嬉しかった。若かりし頃、取材で追いかけた人がいつまでも元気でいてくれることは、私の励みにもなる。

明日の長州VS柴田

 明日はG1の優勝戦ではなく、リキプロの長州VS柴田を取材することになった。時間的にはリキプロ終了後、両国に駆けつけても間に合うだろうが、締め切りの都合上、それは無理。こうなったら長州VS柴田に大きな期待をかけるしかない。
 今日、取材の下準備として両国に行く前に8・4W-1GPの秋山VS柴田と長州VS健介をビデオでチェック(8月4日はG1開幕戦=福岡の取材でW-1GPに行けなかったため)。秋山VS柴田は噂通りにいい試合だった。主役はやはり秋山。最近の秋山はノアの裏方の仕掛けが楽しいようで、リング上ではそれほどの大きな試合がなく、もったいないと思っていたが、この柴田戦での秋山は懐の深さを存分に見せてくれた。あの柴田の無鉄砲な蹴りを正面から受け止める一方で「舐めるなよ!」と喧嘩ファイトでの強さも見せつけた。この秋山に必死に食い下がったことで柴田の魅力も引き出されていたと思う。
 長州VS健介は…寂しい気持ちにさせられた。長州のコンディションの良さがわかっただけに、それとは相反する試合への淡白さは何としたことか。明日の長州VS柴田の注目ポイントは、長州があの柴田を正面から受け止められるかである。同じ目線で向き合うことができるかである。

あれから20年…

 今日8月12日は、羽田発大阪行きの日航機123便が群馬県多野郡御巣鷹山に墜落してからちょうど20年となる。今でも、あのニュースは鮮明に覚えている。お盆で山梨の小佐野本家にいる時にテレビで知ったのだ。
 当時、週刊ゴングの全日本担当記者として1年3ヵ月のキャリアを積んだ私の仕事は充実していた。全日本VSジャパン・プロレスの抗争で盛り上がる中、取材で日本全国を飛び回っていたのである。もちろん、毎週のように飛行機で移動していたし、飛行機こそ一番安全な乗り物だと信じていたから、日航機墜落事故には背筋が寒くなった。以来、シリーズの日程が発表されると、飛行機に何回乗らなければならないのか数えたものだ。
 そして2年後の87年11月28日、ハル薗田さん夫妻が南ア航空機墜落事故で亡くなった。薗田さんは結婚したばかりで、南アフリカでの試合後、ヨーロッパに新婚旅行に行くことになっていた。この悲しいニュースは、私が小中学生時代を過ごした横浜市港北区綱島にあった故・大熊元司さんの焼き鳥屋さんのテレビで知り、急いで全日本の事務所に向かった記憶がある。
 今も仕事、プライベートの両方で飛行機に乗る機会は多い。最近の航空機トラブル続出のニュースは本当に腹立たしい。人が死ぬということは、その人の命と、それまで歩んできた人生が一瞬のうち絶たれてしまうということ。そして残された人間の人生も変わってしまうのである。事故ではないが、14歳の時に母を亡くした私は人の命の重さと尊さ、人生の大切さを自分なりに思い知らされた。
 航空関係者のより一層の努力を望むと同時に、そうした悲惨な事故が2度と起こらないように切に願う。多くの犠牲者を出した事故からの教訓は大きい。絶対にそれを風化させてはいけないと思う、今日8月12日です。