我々は何をすべきか

 週刊ゴング1083号からスタートした橋本真也のプロレス人生を検証する企画ページは来週発売号(7月27日)のPART3で最終回。やっとその仕事が終わった。
 それほど橋本と接していない私にとっては、改めて橋本真也というレスラーの足跡を知るという意味では勉強になったが、正直な話、辛い仕事でもあった。それは昔の写真を探し出すこと。去年の9月までは昔の写真や資料は竹内さんと私が管理していたから、企画物の記事を作るのは難しいことではなかったが、資料が増えすぎてしまったということで、私の退社後に新しい倉庫にすべてが移されてしまったから、まるで勝手が分からない。これはかなりのストレス。どうしても見つけられない写真もあったし、その反面では目的の1枚がやっと見つかった時の喜びは大きかった。
 ハッキリ言って地味な仕事だったが、こうした仕事こそがプロレス専門誌の使命ではないかと思う。橋本が亡くなって嘆き悲しむのは当然だが、我々の場合は橋本の何を世間に届かせるかを考えなければいけない。きっちりと彼の足跡を誌面で伝えることは、プロレス専門誌にしかできないことなのだ。
 この3週にわたる企画物で橋本のレスラー人生21年のすべてを伝えることは到底不可能だったが、それでも少しは供養になったのではないかと確信している。

「我々は何をすべきか」への1件のフィードバック

  1. 久しぶりに書き込みさせて下さい。
    橋本選手の今回の件を、まだ消化出来てない
    自分がいます。
    あれは何年前の写真だったか・・・
    週間ゴング紙上で親日本のサイパン合宿?のグラビアで
    ライガー選手の息子さんとプールではしゃいでいる
    橋本選手の顔が、本当に楽しそうで
    いい写真だったのが思い出されます。
    NOAH大阪大会で、アレクと乗り込んできた橋本選手に
    ブーイングが飛ぶ中
    2階席で真っ先に自分1人で(友人と3人で来たのですが)
    橋本コールをしたのが(単に思い込みでしょが・・・w)
    ファンとしての誇りです。
    2年ほど前、ゴングのサイトで
    新春対談として蝶野選手との対談がありましたよね。
    途中で天山選手から、かかって来たTELに
    猪木会長のモノマネで出る橋本選手に
    爆笑させられました。
    まだ追悼号は 見れそうにありません。。。

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