坂口親子のアメリカ旅を観て…

 6月25日深夜に放映されたテレビ朝日『僕の中のリング 坂口征二・坂口憲二 アメリカ・プロレスの旅』を、ようやくビデオで観た。ハーリー・レイス、スティーブ・カーン、カール・ゴッチ、ドリー・ファンク・ジュニア…懐かしかったなあ。宮本和志の暮らしが見られたのもよかった。
「プロレスはタフでいて安全でなければならない」(ハーリー・レイス)「倒れても立ち上がるタフなハートが必要だ」(レイスの門下生)「声を出せ」(カーン)のどの言葉もプロレスの本質に触れるものだったと思うし、未だフロリダのインディーでファイトしているドリーの「好きだからプロレスをやっている」という言葉も心に響くものだった。あくまでもストイックなゴッチさんは81歳になってもゴッチさん。その元気な姿を見ることができただけでも、この番組を観た甲斐があった。
 この番組を観て思い出したのは1981年のアメリカ旅。本場のアメリカ・マットを知りたくて、ゴングのバイトで貯めた総額80万円でアメリカを3週間旅した時のことだ。グレイハンウンド・バスの1ヵ月パスとデルタ・エアラインのラウンズ・チケットを購入して、あとはすべてキャッシュ。当時19歳だった私はクレジット・カードを持っていなかったのである。
 
 ルイジアナ州バートンルージ→フロリダ州マイアミ→フロリダ州ウェストパームビーチ→ミズーリ州セントルイス(キール・オーデトリアム&スタジオのTVマッチ)→ジョージア州アトランタ→フロリダ州タンパ→テキサス州サンアントニオ→テキサス州ヒューストン→テキサス州ダラス→テネシー州ナッシュビル→ケンタッキー州ルイビル→ノースカロライナ州スパルタンバーグ→バージニア州リッチモンド→最後はニューヨークMSGと、15試合もよく回れたものだと思う。
 当時はテリトリーが確立されていて、それぞれに特色があった。ルイジアナのMSWAはレスリング主体で、ボブ・ループがトップを取っていた。フロリダ、ミズーリ、ジョージア、カロライナは当時のNWA黄金テリトリーでトップ選手が集結。テキサスのサンアントニオ&ヒューストンのSWCはNWAとAWAの両方の選手がファイトするオイシイ場所でニックボックウインクルvsミル・マスカラスのAWA世界戦を観られたのはラッキーだった。ダラスはエリック王国、テネシーはパンチ&キックの喧嘩ファイトが出来る選手がトップを取るテリトリー。MSGではカネックのアメリカ・デビュー戦、キラー・カーンvsアンドレ・ザ・ジャイアントの遺恨マッチを観ることができた。
 フロリダではヒールのテリーがサンアントニオではベビー、ジョージアではヒールのブロディがダラスではベビーという地区によっての選手のキャラ分けも新鮮だったことを記憶している。
 このアメリカ旅で私は「プロレスはいろいろあるんだなあ」と改めて実感した。そして、今回の坂口親子の旅でも、登場する人たちがそれぞれ違うプロレス哲学を喋りながらも、それぞれにプロレスに情熱を持っていることがうまく伝わっていたと思う。
 改めて馬場さんの言葉を思い出す。
「そういうものをすべて含んだものがプロレスなんだ」。

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