アメリカン・プロレス伝道者

今日は、所用で大阪から上京した市来浩平さんとお会いした。市来さんにお会いするのは3月に新婚旅行で日本を訪れたシェリー・マーテルと夫ロバートさんを週刊ゴング編集部に連れてきてもらって以来、今回が2回目。その後、電話では何度かお話しているが、豆タンクのような体をした(失礼!)エネルギッシュな人だ。
 市来さんは古き良き時代のアメリカン・プロレスの伝道者。週刊ゴングの『不滅のUSAプロレス伝説』なる企画で多くのレジェンド・レスラー(伝説のレスラー)を探し出してはインタビューしてくれている。昨年も14回渡米したとかで、面白いのは『レッスルマニア』などのビッグショーを観に行くのではなく、カリフラワー・イヤー・クラブなどのプロレスOBの集いをチェックしては、太平洋を越えて参加していること。多くのレスラーが「本当に俺に会うために日本から来たのか?」と驚くという。そして寄稿したり、本を出版したりもしているが、それは後々のもので、あくまでも趣味だというから羨ましい限り。「いやあ、2回もアメリカに行けば、1回はマイレージで行けますから」と言うが…人間、なかなか趣味で生きられるものではない。
「カリフラワーに行った時にバーン・ガニアとジン・キニスキーが“まだまだ俺の方が強い!”なんて言い出して、取っ組み合いになりそうになって慌ててバロン・フォン・ラシクが止めに入ってましたよ。昔のトップレスラーは未だに血の気が多いですねぇ」
「そのラシクが猪木さんに挨拶したら、猪木さんはキラー・カール・クラップと勘違いしていたみたいで、あとでラシクは“絶対に猪木は俺のことを分かっていなかった”ってブツブツ言ってました」
「ジョニー・パワーズに会った翌日にタイガー・ジェット・シンの豪邸に行ったんですよ。で、シンにパワーズに会ったことを言ったら“何で、あんな奴と会ったんだ!”って怒りだして怖かったですねぇ。そんなに仲が悪かったとは…」
 と、実に楽しそうに様々なエピソードを話してくれる。こういうのっていいなあ。
 ルー・テーズ、ブルーノ・サンマルチノ、ジャック・ブリスコ、ザ・デストロイヤー、ペッパー・ゴメッツ、リッキー・スティムボート、キンジ・シブヤ、ハンス・シュミット、ボブ・ガイゲル、アンジェロ・モスカ、ビル・ホワイト、ミッシング・リンク、イワン・コロフ、キラー・カール・コックス…まるで湯水のように懐かしいレスラーのエピソードが出てきた。怖かったのは無頼漢として鳴らしたカウボーイ・ボブ・オートン(ランディ・オートンの父親)、今は犯罪者を追う賞金稼ぎになっているデビット・シュルツだったとか。こういう人たちと話ができるのは、我々にしてみたら凄い宝物である。
 最後に…今のアメリカ・マット界でレジェンドとなっている日本人レスラーは天龍、三沢、小橋の3人だそうだ。この3人が揃い踏みするノアが注目されているのは当然か。

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